第4話 ターゲット


 あの日以来、キラとつばきのグループ――通称“魔王軍”は表面上大人しくしているようだ。


 カツアゲに反抗する者が優以降はいないだけかもしれないが、私はどこか他人事として考えてしまっていた。

 実際に暴力を振るわれた人を目の当たりにしたことですら、どこか架空の出来事のように思い出される。


 ようやく現実の事だと思えるようになったのは、あれから一ヶ月も経たない頃だった。


 放課後、用事があって一人で教室に残っていた私は後ろから肩を叩かれた。


華補かほちゃ〜ん、ちょっと着いてきてくれない?」


 クラスメートの都壊とかい 愛夏えなつ


 小さくてやや丸っこい体型の彼女は、魔王様に恋焦がれて“魔王軍”に属するようになった。

 服装やアクセサリーを見たところ地雷系で、くすんだ青いボブの髪をハーフツインにしている、小悪魔のような女子生徒だ。


「……私これから用事があるんだけど、どれくらいかかりそう?」


「うーん……。華補ちゃん次第じゃないかなぁ」


 怪しげに笑うその表情から、私は今回のカツアゲのターゲットにされたのだろうと察した。

 私はこんなのでも、あの革命家の煌莉ノゾミの姪だからお金は持っている、という認識をされたのだろう。


 ――必要最低限しか持ち歩いていないため、生憎手持ちのお金は「少ない」とされたすぐるが持っていたものよりも少ない。

 暫くは返してもらえないだろうと踏んだが、用事があると言っても大した用事ではないため、大人しく愛夏について行った。


 念の為、キティに一言メールを入れて。




 連れて行かれたのは、告白には向かない静けさが薄気味悪い校舎裏だった。

 こんな場所があったんだときょろきょろしていると、建物の影からふらりと人が現れた。



 派手なメイクは変わらず隙がなく、夕日に照らされる赤薔薇色の髪はストレートに流れていて、先日よりずっと大人びて見えた。

 着崩した制服のスカートが風に揺れ、無言で私の目を見つめているのは、“魔王軍”のつばきだった。


「なんで呼び出されたか分かるよね?」


 つばきは淡々と問い、感情のない顔をにっこりとさせて手のひらを上に向けて片手を差し出してきた。


「お金……?」

「うん。あるだけ全部さっさと出してね♡」


 想像通りの内容だったため心の準備はできていた。

 流れるような動作で持ってきた財布をポケットから抜き取り、中身を全部サッといっぺんに引き抜いてつばきの手のひらに乗せた。


「……これで全部?」


 つばきは手渡された千銅札(日本円で言う千円)を目を丸くして見つめた。


「手持ちはそれだけなの。スクバとか財布とかポケットとか……確認しても良いよ」


 この五倍はあると思ってたのに――と呟く彼女に疑われないよう、そう付け足した。

 流石にそこまではしないだろうと甘く見ていたこともある。浅はかだった。


「じゃあ確認するわ。荷物全部持って、十分以内にここに帰ってきなさい」


 予想外のセリフに一瞬固まった後、私はすぐに駆け出した。


 息を切らして教室にたどり着くと、そこには心配そうにスマホの画面を見つめて立ち尽くすキティの姿があった。

 キティに送ったメールの内容は「次にメールが届いたらすぐに確認して欲しい」とだけで、もう家に帰っていてもおかしくないこの時間に学校まで戻ってこさせるつもりじゃなかった。


「キティちゃん……」

「華補! 良かった無事だったんだ」


 目を潤ませて私の手を取り握る彼女からは、心の底から私のことを心配していたことが伝わってきた。


「でもまだ分からないの。手持ちが少なかったから、鞄の中身も確認するらしくて……。あっ、早く行かないと!」


 時計を見て残り時間があと五分しかないことに気づき、私は大慌てでスクバを手に取り教室を出た。


「私も行く!」

「え?」


 すぐに追いかけてきたキティはぴしゃりと言い張った。

 そんな彼女には申し訳ないけれど、キティを危険にさらすわけにはいかない。


 私は首を横に振り、「ありがとう。でもお願いだからもう帰って」とだけ言ってあの暗い校舎裏に向かった。

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