第2話 急急如律令

「はっはっはっはぁ!」


 大きな笑い声をあげながら、励人は雪崩れ込むように家の中へ突入し、黒いバケモノと共に壁を破壊しつつ、戦いが続く。

その姿は、人の好い青年―――というイメージからかけ離れ、異形のバケモノとの闘いを楽しんでいるようであった。

 バケモノが鋭い爪を持つ腕を振るって来たのを払い、一気に肉薄し、胴体と思われる部分に拳を打ち込む。


「ギィ!?」

「そらそらどしたぁ!?こんなんじゃ食いつけねぇぞぉ!?」


 殴られた異形は、壁を更に破壊しながら吹き飛び、粘性の高い液体を口から吐き捨てる。


 ―――ギィヤアアアアアアア!!


「お?」


 悲痛な叫び―――ではなく、腹の底に響くような咆哮を上げる姿は、怒りというよりかは、焦燥を感じ取れた。


(何かを伝えようとしているのか・・・?)


その叫びは、威嚇するわけでもない、顔と思われる部分を大きく動かし、何かを呼んでいる―――


「増援を呼んだか・・・それとも怒りに身を任せるか・・・どちらでもいいが、そんなんで逃がすと思うなよぉ!?」


励人は床を強く蹴りつけ飛び上がり、歪んだ顔面に向けて蹴りを繰り出すが、寸前で避けられる。


「ちっ!」


 そのまま襖を破り、奥の部屋に足を踏み入れると、足元にまとわりつくような妙な感覚が走った。

 視線を落とすと、部屋全体が不気味な黒に染まり、その奥には一体の人形―――家を探索時に見つけた、笑みを貼り付けたような市松人形が鎮座していた。

 人形はけたけたと笑うように震え、直後 部屋の床がうねりだし、励人を取り込もうと髪の束が腕や身体に絡みつき始めた。


「髪か!いい戦法だ!」


 ギチギチに締め上げられ、肌が粟立つような痛みが走るが、励人は苦悶の表情を浮かべることなく、どこか楽し気に踏ん張る。


「この程度じゃあ―――『あれ』を使うわけにはいかねぇなあ!!」


 足を開き、腰を落とすと、そのままゆっくりと片足を高く上げる。


「おいっ―――――しょお!!!」


 部屋が、否、家全体が、大地が揺れ動いたと錯覚するほどの衝撃が床に伝わり、巻き付いていた髪がわずかに弛緩する。


「もういっ―――ちょお!!」


 今度は逆足を高く上げ、勢いよく振り下ろす。


 ―――キィィィィィィィィ!!


耳をつんざく金切り声のような叫びをあげ、黒髪が徐々に人形に巻き戻っていく。

 その内の一束を掴むと、思いっきり引き寄せた。


「そーらそらそらそらそらそらぁ!!」


 その場で全身を大きく回転させると、先端の市松人形が激しい音を立てながら壁や天井を破壊する。

 遠心力に乗せたまま放り投げると、髪を伸ばしながら奥へ奥へと飛び、ある程度伸びた所で勢いよく手元に引き戻す。

 表情こそ変わらないが、人形は髪が抜けないように手で頭を抑え、それに協力するように励人も頭を掴む。


「さぁーて・・・さっきの奴は、どこかな~?」


 破壊された床や、散らばった木材を気にすることなく、悠然と足を進める。

 その姿は正義の味方―――ではなく、破壊の楽しむ悪の権化そのものであった。


「おー・・・・」


 その時、玄関から呻き声が聞こえる。

 警戒する様子もなく向かうと、そこには村に着いた時、挨拶を交わした農夫がいた。


「おや、どうしたんですか?こんなところまで?」

「・・・・・・・・」


 ぼーっと焦点の定まらぬ目で宙を見ていたかと思うと、口角が異常なまでに上がる。


「いひっ!ひっ!ひっひっひっ!!いひっ、あははっはっははははっ!」


 不気味な笑い声と、目、耳、鼻、口から大量の血を垂れ流しながら、手にしていた草刈り鎌を振り上げる。

 容赦なく振り下ろされる鎌に怯えることなく、手にしていた市松人形を盾代わりに受け止める。


「――――ぬんっ!」


 攻撃が受け止められ、動きが止まった農夫の顔面に渾身の拳をぶつける。

 その顔に先程のような楽しさはみられず、手に付いた血を払いながら近寄る。

 殴り飛ばされた農夫は、顔面が陥没しながらも、まだ笑みは残しており、それでも起き上がることができないのかピクピクと痙攣していた。


「――――焼」


 手をかざすと、蒼白い炎が農夫を一瞬の内に焼き尽くす。

 悲鳴を上げることなく、あっという間に灰に変わると、焦げた跡だけがそこに残った。


「・・・胸糞悪ぃ・・・!」


 ギリ、と歯を食いしばりながら、再度家の中に足を踏み入れる。

 一歩歩く度に、怒りが振動となり、家全体が震える。


「決めた―――お前ら徹底的なまでに叩きつぶしてやる・・・存在していることを後悔するくらいにな!」


 あの農夫は―――実在していた人物だ。

 それが何の呪いかこの場所に『滅ばぬ肉体』として閉じ込められ、生前の記憶を元に動いているだけの―――屍であった。


「―――――っ!?」


 突如、殺気を感じ距離を取ると、励人がいた場所に薙刀が振り下ろされる。


「あー・・・そういやこれもいたか・・・!」


 奥の暗がりから出てきたのは、この手にしている市松人形と同じ、侍を模した人形であった。

 鎧は装着していないが、儀式用の礼装である『裃』を着こみ、手には薙刀、腰には短刀、表情は相手を威圧するかの如く、強烈であった。


「出てきたのが有名な武将じゃなくてよかったぜ・・・!」


 この手の人形に多いのが、歴史上の有名な武将を模した人形である。

 だが、この家に飾られていたのは名もなき武士―――だが、醸し出す雰囲気、様になっている構え、床を破壊した力はただの武士とは言い難い実力があった。


「そぉらっ!」


 市松人形を投げつけたが、ただ真っすぐに薙刀を突き出され、ぱっくり半分に割れる。


「あーあ・・・それなりに価値があるやつだと思ったが・・・」


 腕に絡みついていた髪を引きちぎり、動きを確認するように振るう。


「律儀だねぇ、待っててくれたのかい?」


 襲うタイミングなど幾らでもあったはずなのに、武士は構えたまま動かなかった。

 励人はからかうことはせず、軽口も叩かず、左手を前にした構えを取る。

 その場に流れる張り詰めた空気、互いに少しの隙でも見せれば即座に命が取られることを覚悟していた―――


「っ―――――!」


 先に動いたのは武士の方で、下段に構えていた薙刀をそのまま斬り上げる―――速い!!


「うおっ!?」


 想像以上の速さに、思わず仰け反りながら避ける。

 その隙を逃さず、持ち手を変えると、返す勢いで振り下ろす。


「ぬんっ!!」


 その薙刀が、励人の身体を切り裂くことはなく、突き出した拳に止められる。


「参った・・・想像以上だった・・・まさかもう『陰陽術』を使うとはね・・・!」


 突き出した拳―――その先は刃に触れてはいない。

 僅か数センチの所で刃を止め、武士が幾ら力を込めようともピクリとも動かなかった。


「だがここまでだ―――『鳳凰の尾・焔』」


 励人の両手が蒼白い炎に包まれるが、そこに熱さはなかった。

 しかし揺らめく陽炎が、闇を照らす光の強さが、その炎の威力を物語っていた。

 励人はゆっくりと歩を進める、真っすぐに、なんの躊躇いもなく。

 武士は得体のわからぬ圧に少しずつ下がるが、やがて壁にぶつかる。


「っ―――――――!!」


 闇雲に突き出した薙刀は、真っすぐに励人の顔に伸びてくる。

 だが励人は焦る様子もなく、右手を顔の前に移動させる。


 バキィ!と弾く音が聞こえたが、武士は顔を顰める。

 肉を貫いた音でもなく、骨を砕いた音でもない

 薙刀の先端は、励人の右手の前で止まり、それ以上進んでいない。

 励人は左手で柄の部分を握ると、武士を引き寄せ、右手で頭を掴む。

 すると炎が燃え移り、武士は声にならない叫びをあげ、薙刀から手を放す。


「せめて・・・安らかに眠れ―――」


 この武士人形は確かに怪異だが、そこに悪意は感じられなかった。あくまで脅威を倒し、今は亡き主を守ろうとした思いが形を成していた―――

 苦しんでいた武士は燃えながらもその場に正座し、腰の短刀を抜く。

 励人が驚き、構えるよりも速く、その短刀で切腹をした。

 腸が飛び出ることはなかったが、その顔は苦悶に滲んでおり、何かを求めるように励人を見つめる。


「―――――」


 何も言わずに落とした薙刀を手に取り、振り上げる。

 頭を垂れ、首を晒すと同時に薙刀が振り下ろされた。

 床を転がった人形の頭は励人を視界に収める形で止まり、微かに微笑むと炎に包まれた。

 手にしていた薙刀も燃え散り、先程農夫を燃やした時と同様、その場には焦げ跡だけが残っていた。


 ―――グゴゴゴゴゴゴ・・・!


 突然、家が振動し始め、感傷に浸る間もなく辺りを見渡す。


「地震・・・!?いや、これは――――!!」


 何かに気づき、家を出ようとした瞬間、床がせりあがる。

 そのまま天井を突き破り、空中に放り出された励人はその原因を視界に捉える。


「家が―――!」


 先程まで自分のいた家が、まるで悪夢のような姿に変貌する。

 屋根は爛れたように開き、血走った巨大な眼球が励人を睨みつける。玄関は引き裂かれたかのように開き、無数の鋭利な牙が覗く、おぞましい口へと変わる。

手足と化した瓦礫の塊は、意思を持つかのように動き、周辺の石材や木材を取り込んでは段々を巨大化していく。


「なんだよ、じゃあさっきまであいつの口ン中にいたってのか!?」


 家のバケモノは、空中にいる励人に気づくと、その歯をガチンガチン!と鳴らし、励人を、人間を喰らわんと腕を伸ばす。

 空中では身動きが取れず、そのまま命中し、地面に叩きつけられる。


「いってぇ・・・!掴み損ねたのか・・・?」


 どうやら距離感や、サイズを間違えたのか、家のバケモノは手の中に納まっているはずの人間の姿がないことに気づき、血走った眼をきょろきょろと動かす。

 そして再度、励人の姿を捉えると、その巨大な手を叩きつけると、あまりの衝撃に地面が波打ち、その衝撃で励人はまたもや空中に打ち上げられる。


「うおっ!?無茶苦茶しやがる!?」


 先程よりも高く打ちあげられ、家のバケモノは励人に狙いを定める。

 しかし励人は焦る様子もなく、空中で何とか体勢を整えると、決意を宿した眼を見開いた。


「いくぜ―――『急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう―――』」


祈るようにゆっくりとした動きで、励人は合掌する。

その表情に焦りは恐怖は見られず、非常に落ち着いていた。

バケモノは、動きを止め、その様子を見つめていた。


「―――四神解放―――」


 合掌を解き、上下に手を分けた後、円を描く。

 そして言葉を唱えた瞬間、空気が張り詰め、音の一切が消え去る。

 バケモノもその異変を感じ取ったのか、思い出したかのように動きが再開する。


「―――我王招来、重々新楽、権能万鎖―――」

「―――我、至るは天の最果て、後光指して導かん―――」


 両手を広げると、励人を中央に、四つの球体が東西南北に分かれ、背後には荘厳な曼荼羅が展開する。


「―――破邪顕正・勇往邁進・光明照破・堅忍不抜―――」


 呪文に合わせるように球体から、蒼い炎、紅い炎、白い炎、黒い炎がそれぞれ噴き溢れだす。


「―――顕現せし四つの神、我が盟約に従い、その力を以て、邪なるものを裁き―――!」


 詠唱の途中、励人の横から風を切って何かが進む音と、轟音がほぼ同時に響く。


「何をしているんですか!あなたは!」

「目標確認、破壊する」


 自分以外の声が聞こえた後、展開されていた曼荼羅が炎を溢れさせていた球体と共に消え去る。

 放たれた矢と弾丸は、家のバケモノに命中し、古木が軋むような悲鳴を上げ、崩れ落ちる。


「お前ら・・・いたのか?」


 地上に降りた励人の隣に、巨大な弓を携え、スカートの裾が風に揺れるカソック姿のシスターと、無表情の金髪碧眼の迷彩服を着た少年兵士がいた。


「何か大きな音がしたと思ってきてみれば!やはり貴方だったんですね!神白励人!!」


 怒りながら詰め寄ってくるのは、シスター・レイシア―――ウィンプルで頭部を隠してはいるが、その端正な顔立ちが、怒りで赤く染まっている。


「だがそのおかげで合流できた、作戦を継続するぞ、アサ」


 少年兵士・ボルゾフは淡々と告げ、手にしていた大口径対物ライフルの薬莢を慣れた手付きで排莢をし、次弾を装填する。


「大体!どのくらいの日数が経ったと思ってるんですか!?五日ですよ!五日!!」

「?それはおかしい、まだ二日しか経っていないぞ?」

「え?」

「?」

「・・・俺に至っては、夕方に付いたばかりだが・・・お前らもそうじゃないのか?」


 三者三様、飛び出た言葉に首を傾げる。

 しばらくぽかん、としていたが、励人が何かに気づいたのか、ぽん、と手を叩く。


「成程、どうやら―――ここは『異界』に取り込まれたみたいだな」

「っ!」

「・・・・・」


 その単語に馴染みがあるのか、三人は顔を引きつらせる。

 異変を見抜いた励人も、現状を把握すると、面倒そうに頭を掻く。


「いつの間に異界に・・・」

「恐らく、ここに着いた時からだ、同じ日に着いたはずなのに、皆の時間の流れが違うことが驚きだ」

「待たせたようですまなかったな・・・・だが、出る方法は・・・知ってるな?」


 励人の確認に、それぞれが頷く。


「はい、まずは異界を作っている起点を見つけ出し―――」

「それを破壊し、この空間を作り上げている『頭』を処分する」


 その答えを聞いて安心した励人は、に、と微笑み、


「オーケイ、わかってるならよし、じゃあ早速―――!」


 やるべきことが決まり、動きだそうとした直後、三人目掛けて木材が飛来する。


「あぶっ!」

「――――」


 何とか避けた励人と、余裕をもって見切り、造作もないとでも言いたげなボルゾフは、ふん、と鼻を鳴らす。


「きゃあっ!」


 反応が遅れたのか、レイシアのみが直撃を喰らい、ウィンプルが宙を舞う。


「マズイ―――!」


 それを見た励人は、急いで駆け出す―――レイシアと逆の方向に。


「ボルゾフ!お前も早く―――っていねぇし!!」


 焦りを隠さず、全速力で退避するその先に、ボルゾフも同じように全速力で逃げていた。

 その表情は冷静沈着な兵士のそれでなく、本気で恐怖している表情だった。


「・・・・・・・・・・・・はぁ?」


 収められていた長い橙色の髪は、腰にまで届く程であり、遠くからでもよく見える程、キレイな色合いをしていた。

 だがそれよりも、怒気を含んだ声が、辺りに響く。

 その怒気に連動するように、長髪がゆらゆらと上に揺らぎ始める。


「今ぁ・・・アタシにぃ・・・何をしたぁ・・・?」


 ゆっくりと巨大な家のバケモノに近づいていく。

 先程のどこか落ち着いた雰囲気から一変、目は狂暴だと言える程鋭くなり、口調も荒くなる。

 異変を感じ取ったバケモノは、再度木材でできた腕をレイシアに向けて振るう―――が、その攻撃はレイシアの無造作に払った拳で粉々にされる。


「テメェらみてぇなゴミにも劣るカス如き存在がアタシに攻撃しただぁ・・・?ふっざけんなぁ!!」


 叫びは見えない衝撃となって、辺りを漂っていた瓦礫を吹き飛ばす。

 そのまま地面が抉れる程の脚力で飛び上がると、手にしていた大弓をバケモノに向けて振り下ろし、屋根を破壊していく。


「ザケんな!壊す!滅す!殴る!破壊する!二度とアタシに盾突こうとなんざ思えない程ぶん殴る!原型留めていられると思うなぁ!!!」


 目を血走らせ、とても聖職者とは思えない程汚い言葉を吐きながら、バケモノを攻撃する。

 悲鳴が辺りに響くが、寧ろそれを聞いて高笑いしながら、更に破壊を進めていた。


「こえーこえー・・・なんだってアイツはあんなにキレるんだよ・・・!」


 近くの大木に身を隠した励人は、暴れるシスターをこっそりと見守る。


「おい、ボルゾフ、大丈夫か?」

「っ―――――!!」


 近くにいたボルゾフは、己が得物をしっかりと抱きかかえ、その顔を恐怖に滲ませながら、必死に頷いていた。

 しっかりと草むらに身を隠し、その迷彩服の効果を存分に活かしていた。


「なぁ?なんでここにいるんだ?」


 ―――空気が、張り詰める。

 先程まで、戦闘をしていたハズのレイシアが励人の背後に迫り、肩に手を回す。

 それは友好的なサインというわけでもなく、ズシリ、と肩にかかる重さは、逃がさない、という意思が感じられた。


「お疲れ、シスター・レイシア」


 敵対の意思がないことを示すように、両手を挙げ、労いの言葉を投げる。

 レイシアは、訝し気な顔をするも、肩から手を放し、励人の前に移動する。


「オメェらはよ、アタシが『遊んでる』最中に、なぁんでこんなとこまで下がってんだ?」


 あれを『遊び』と表現するレイシアの言葉に、悪寒が走る。


「・・・まず、一つ目、巻き添えを食うと思ったから」


 ここで下手に言葉を濁すのは得策ではない、だから励人はありのままを、本心を打ち明ける。


「次に二つ目、君の強さを知っているから余計な事はしたくないと思った」

「へぇ・・・」


 その解答に満足したのか、笑みを浮かべ、じっと励人の顔を見つめる。

 美女にここまで近くに迫られるのは、本来なら飛び跳ねる程喜ぶべきことなのだろうが、今の相手は凶暴性を全面に押し出した相手だ、つぅ、と冷や汗が背中を伝う。


「現に君は今怪我の一つも負ってない、そうだろ?」

「あたりまえだろ?アタシがあんなクソカス如きに後れを取るかよ―――ボルゾフッ!!」


 いきなり名前を呼ばれ、茂みからガサリ!と大きな音を立てながら、ボルゾフが直立の姿勢を取る。


「オメェも援護しなかったなぁ・・・?励人と同じ理由か?」

「っ!そ、そうであります!」


 言葉を間違えれば、奥に見える家のバケモノのように殴られる―――否、殴られるだけで済めばよいが・・・

 励人は指を軽く動かすと、木の葉が一枚宙を舞う。

 それは風に乗り舞い上がり、同じように空中を漂っていたウィンプルに張り付く。

 木の葉に切れ目が入り、それが人の型を成すと、サーフィンよろしくバランスを取りながらゆっくりと落ちてくる。


(頼むぞ・・・式神・・・!)


 悟らせないように、バレないように、励人は最新の注意を払いながら、その場から動かない。


「大体オメェらはよぉ、なんだってもっと派手に―――」


 まだボルゾフに対し文句を言っているレイシアの上から、すっぽりと被さる。

 話が途中で止まり、不審に思ったボルゾフは、レイシアの表情を目を動かすだけで確認する。


「――――――わかりましたか?ボルゾフ『さん』?」


 一瞬の間をおいて、口調が先程の優しくなったレイシアに戻り、励人は息を吐く。


(ふぅ・・・成功・・・)


 地面に降り立った木の葉の自作式神は、腕を上げると糸の切れた人形のようにその場に倒れた。

 それと同じように、ボルゾフも膝から崩れ落ち、呼吸を整えていた。


「ど、どうなさったのですか!?ボルゾフさん!?まるで『何かトラウマを刺激された』ような―――」

「っ!?」


 何気なく声を掛けたレイシアの言葉に、一層驚き、再度立ち上がり、敬礼をする。


「―――さて、レイシア、ボルゾフ、行動に移るぞ」


 このやりとり―――何も知らないレイシアがボルゾフを心配し、それに恐怖しているボルゾフが緊張と緩和を繰り返し、それをまたレイシアが心配する―――に終わりがないことを知っている励人は、助け船を出す。

 何かに気づいたレイシアは、一度咳払いをすると、励人に向き直る。


「はい・・・ところで、あのバケモノはどうしますか?随分とボロボロのようですが・・・」


 レイシアの視線の先には、ぼろぼろになりながらも、どうにかして再生しようともがいているバケモノがいた。

 男二人は決して『レイシアがやった』とは口が裂けても言わなかった。


「お、俺が、撃ち抜く」


 対物ライフルを構えたボルゾフだったが、その銃口を手で抑える。


「いや、いい、あれは俺がだしたモンだからな、お前達は起点の破壊を頼む」


 やんわりと抑えるが、未だ恐怖が体から抜けないのか、銃身が震えており、励人の制止にほっと息を吐く。


「―――了解」

「はい!わかりました!」


 二人は返事をすると、そのまま左右に分かれて走り出す。

 励人はそのまま歩み寄ると、祈りを組むように指を合わせる。


「―――『玄武の脚・迫』」



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