世界秩序防衛機関 ~陰陽師・神白励人の退魔活動~

二豊 要

第1話 ー御代妥村ー 廃村となったその村でーー


「―――お客さん!着いたよ!お客さん!!」


 運転手の苛立ちが募った声で起こされ、車内で大きく伸びをする。


「う゛ぅ~~~~~ん・・・!」


 黒髪の青年―――神白励人(かじろあさと)は、そんな運転手の怒気など気にならないのか、欠伸をしながら財布を取り出し、指定された金額を払う。

 ドアが開き、ようやく落ち着いて大地に立つことができ、一安心する。

夕日に照らされたその姿は、立った状態だと印象ががらりと変わる。

瞳は夜空に青みがかかったような黒色をし、髪は癖のあるハネ方をしており、手櫛で何度も整えようとするが、直らないことに気づき、諦める。

細く見える体躯ではあったが、どこか重心が安定しており、巨木を感じさせる雰囲気を漂わせていた。


『御世妥(みよだ)村』―――ここに来るまでに、新幹線、電車、バスを乗り継ぎ、最後の最後でタクシーを捕まえて到着した。

 既に日は傾きかけており、オレンジ色に照らされた風景に目を細める。

 窓ガラス越しに運転手に頭を下げると、向こうも片手を上げるだけで、何か急ぐように車を走らせた。


「さて・・・と」


 ポケットに突っ込まれた手紙は、乱雑にしまわれていたのか、ぐしゃぐしゃになっており、それを伸ばし伸ばしで、何とか読めるまで戻す。


 ―――私達の大事な『孫』へ―――

 お元気ですか?久しぶりにあなたに会いたいと思い、手紙を書くことにしました(中略)

 遠くまで来るのは大変だと思いますが、この爺婆の最後の願いだと思って、訪れてください、村の人達全員で歓迎します―――敬具


「ふぅ~む・・・」


 ぽりぽりと頭を掻き、辺りを見回す。

 雨風に晒され、色がはげ落ちたトタン屋根の家々、いつまで営業していたのであろうか、すっかり錆び、ネジが外れ、落ちかけている商店の看板が見える。

 どうみても活気はなく、どこかどんよりとしていた。


「この時代にこんな村がまだ・・・ねぇ・・・」




「しっかし・・・なんだったんだべなぁ?あの子は?」


 タクシードライバー、満仲充(みつなかみつる)は、怪訝そうな顔をしながら、しきりにバックミラーを確認していた。

 そこには先程乗せた青年が何かを探しているのか、頭を掻きながら辺りを見回していた。


「いくらなんだってまさかあの『廃村』に用があるだなんて・・・どういう神経してんだべ・・・」


 あの村のことは、よく知っている―――自分が子供の頃いたということもあり、そこが土地開発等色々な理由で人が住めなくなり、廃村が決定した。

 だが、工事の途中で土壌の問題、汚染物質の存在が明るみにでただけでなく、そこを廃棄物処理場にするというウワサが広がり始め、誰も手を付けなくなり、今では人の気配のない不気味な集落の跡地となっていた。


「しっかし、それが人気になるとも思わんでなぁ・・・」


 人気のない不気味な廃村、それは現代において興味を持たれる格好の素材であり、幾度もこの場所に案内もしていた。


「『ゆーつーばー』に『きゃんぱー』、色んな人達があそこさいったが、けえってきたのは見でねぇな」


 さらっと恐ろしいことを口にしたが、事実であった。

 自分が働いている時間に会わなかっただけなのか、それとも本当に帰ってきていないのか―――

 その真実を確かめる気にはならず、仮に確かめようとして自分に何かあったら目も当てられないので、充は放っておくことにしていた。


「・・・『おーにがでるぞ♪へーびがでるぞ♪だいじなもんは♪家さしまえ―――♪』」


 この地域に古くから伝わるわらべ歌を口ずさみながら、充はミラーを覗くのを止めた。



 民家の先にある、通常の家とは格式が違う、どこか立派な木造の家が並ぶ箇所に足を踏み入れる。

 恐らくこの土地の有力者達が住んでいるのであろう、先程の密集した所とは違い、それぞれが立派な門と塀で家を囲み、広い庭が見えた。


「こんにちはー」


 ようやく出会った村人は、農作業をしていたのか、肩に鍬を担ぎ、ふらふらと歩いていた。

 励人の挨拶に、じろり、と一瞥すると、『おー・・・』と気のない返事をし、そのまま歩き出した。

 その他にも、玄関先で会話する人々、農作業をする人々、それに声を掛けると、ぴたり、と動きを止め、先程の農夫と同じように一瞥すると、呻き声にもならない声を発し、そそくさとどこかへ向かう。


「んー・・・確か、ここか?」


 朧気な記憶を頼りに祖父母の家を探す。

 幼い頃に一度来たことがあるのか、迷いながらも足取りはしっかりしていた。

 手紙と共に送られてきた写真も使い、ようやく目的の家を見つけると、ほっ、と一息つく。


「ただいまー!」


 玄関から大きな声で挨拶をするも、反応はない。


「・・・?入るよー?」


 玄関は開いており、ゆっくりと中に入る。

 静寂―――まるで誰もいないかのような空気に、思わず息を呑む。


「ばーちゃん?じーちゃん?」


 二人を呼ぶが、全くといっていいほど反応がない。

 靴を脱ぎ、居間に入ると、紙がおいてあった。


 ―――病院に行くので、ここで待っていてください―――


「なるほどね・・・じゃ、待ちますか・・・」


 家の中を見回るわけでもなく、炬燵に足を突っ込み暖を取る。

 長旅の疲れか、段々と瞼が重くなり、抗うことなくそのまま眠りに落ちた―――


「ぐがー・・・ぐごー・・・うごっ!?」


 いびきをかいていた励人が、ビクッ、と身体を震わせると、そのまま跳ね起きる。


「ふあっ!?やばっ!?今何時―――!?」


 家の中はまだ暗く、電気すら入っていない。

 手繰る様に手を伸ばすと、指先に何かが辺り、それを引っ張ると、ゆっくり点滅を繰り返しながら電気が付いた。


「んあー・・・寝すぎた・・・身体痛ぇ・・・!」


 突っ伏して寝ていたためか、妙な痛みが節々に走る。

 大きく伸びをすると、関節がパキパキと音を立てる。


「まだ帰ってこないのか・・・?」


 外はもう暗く、いくらこの辺を熟知しているといっても、夜道は危険だ。


(迎えに―――いや、素人が下手に動くと危険か・・・)


 探しに行こうと思ったが、下手に動いてすれ違いになるのが面倒だと思い、ならば家の灯りを全てつけようと家中を歩きまわる。


「うわー・・・こんなの見たことないな・・・」


 浴室にあったステンレスの浴槽、タイルばりの床、和式の便所、逆にそれが新鮮だった。

 襖を開け放ち、部屋の向こうまで広々とした空間を確保する。


(部屋数は多い・・・うわ、日本人形とかあるし・・・)


 ガラスケースに納まっている市松人形、侍人形など、様々な人形が並んでいた。

 どれも綺麗に収められており、長年大事にされていたことが見て取れる。


「趣味・・・にしては、随分と・・・!」


 何かへばりつくような視線を感じたが、気のせいだと思いこみ、程なくして居間へと戻ってきた。


「うー・・・さむっ」


 山中の村ということもあり、日が落ちれば予想していたよりも寒さを感じる。

 いそいそと炬燵に戻ろうとしたとき、視界の端に何かを捉える。


「っ!?」


 視線を移動させた励人の目には最早何も映らず、一種の幻覚か、と無理矢理納得させ、今度こそ炬燵に戻る。


「ストーブ・・・いや、危ないな、あれは早々簡単に手を付けるべきではない・・・?」


 昔の家にしては珍しく、薪ストーブがおいてあり、近くに薪も並べられていた。

 つければかなり暖が取れるが、取り扱いを間違えれば火事になってしまう。


「う~~~~ん・・・やっぱり帰ってくるまで待つ―――」


 ―――ゴキッ!


 唐突に、何かを砕いた音が響いた。

 金属や石を砕くような音とはまた違う、それよりも軽い質量のモノを割った音―――


 ―――パリ、グチュ、ヌチッ・・・


 さらに何か引きちぎるような音が聞こえる。

 恐る恐る音の聞こえる裏庭に出ると、何か黒い線が床に走っていた。

 しゃがみこみ、それに触れると、ぬちゃり、という音と共に指にへばりつく。


(―――血!)


 叫びたい恐怖を抑え、足音を立てないように、呼吸すら殺し、黒い線を辿っていく。

 その線に加え、辺りには鶏の羽根が散らばり、それは少しずつ増えていっていた。


 ―――ブチッ!ガチュッ!バリッ!バリッ!


 先程よりも音が激しくなり、目を凝らして見やる。

 街灯が点滅し、姿形はハッキリと捉えられなかったが人―――らしきものがいた。


「あのー・・・?」


 思わず、声をかける―――それが泥棒か、もしくは危険人物ではないのかという思考は、励人の頭にはなかった。

 そして、その人物は励人の存在に気づくと、動きを止める。


「・・・・・・っ!?」


 そこで、ようやく違和感に気づいた。

 手足は異常なほど長く、おおよそ人の肌の色をしていない。

 胴体と思われる部分も、人の身体とは思えない程細い。

 髪―――に見える部分は、枯れた枝かと思う程スカスカで、美しさの欠片もない。

 ゆっくりと振り向いたその顔は―――人ではなかった。

 目は漆黒に塗りつぶされており、顔の半分以上を占めており、口からは鋭利な牙が並んでおり、そこに赤黒い血がこびりついていた。

その赤黒い血の正体は、鶏であり、乱雑にむしり取られた羽根や、そのまま齧られたのか、頭はなく、血溜まりができていた。


 ―――ケハァァァァァ・・・


 白い息を吐きながら、一歩ずつ迫ってくる。

 励人は逃げることを忘れ、その場にへたりこむ。


(足が・・・動かない・・・!)


 逃げなければ―――頭ではわかっているのに、身体が現実を拒否し、震えるだけになる。

 その間も確実に、着実に、励人に近づいてくる。


(立て!立て!早く!早くっ!)


 声は出ず、必死に頭の中で念じる。

 ふらふらになりながらも何とか立ち上がるが、既に化物は目の前に迫っていた。


「あ―――あ―――」


 歯はカチカチと音を鳴らし、身体の震えは止まらない。

 それを見た化物は口角を更に上げ、べろり、と舌なめずりをする。


 ―――完全に、獲物を喰らう捕食者であった。


 腕を広げ、その爪で獲物を裂き殺さんと飛び掛かる。


 ――――『死』


 それを強烈に意識してしまい、抑えられていた感情が一気に噴きあがった。


「うわあああああああああああああ――――ああああっらあああああああああっっっ!!!」


 恐怖に身を竦め、縮こまるように身を守るしかできず、無抵抗のまま殺される―――ハズだった。

 しゃがんだのは身を守るためでなく、足に『バネ』を貯めるため―――

 ドン!と地面を踏み抜く音がすると同時に、大きくぶん回すように腕を振りながら、化物の顔面を捉えた。

 グチャ!と何かが潰れるような音をさせた後、一回転、二回転、三回転・・・と、殴られた勢いで地面を転がり、ぱたり、と倒れて動かなくなる。

 そして即座に起き上がり、殴られた箇所を抑え、信じられないものをみたという表情で何度も励人を確認する。


「やーれやれ・・・やっと尻尾だしやがったか・・・『異形』共め」


 パキパキと指を鳴らしながら、ゆっくりと歩を進める。

 その姿勢に、その口調に、恐れは見られない。


「残念だったなぁ?恐らく、『迷い込んだ人間』を『餌』とするつもりだったんだろうが・・・相手が悪かったな」


 ぼさぼさの髪をがっちりと掴み、持ち上げる。

 口をぱくぱくと動かし、現状を理解できていないのか、励人を見ては漆黒の目があちこちに動く。


 ―――これが、先程まで怯えていた人間なのか―――?


 目の前にいる『餌』は、異形たる自分の姿に怯え、竦み、逃げ惑い、そして―――喰われる。

 その運命を辿るはずであり、喰われるまでの過程を楽しもうとしていた。

 恐怖を与え、自分がもう助からない、と絶望した表情を浮かべ、無様に喰われる姿は、自分やその他のモノ達にとって、幸福を撒き散らす味だということをバケモノは理解していた。


「じっとしてろ、おら」


 暴れ、逃げようとするバケモノの両頬を片手で挟み込み、ばっちり目を合わせる。

 挟み込む力が強すぎて、口からは悲鳴のような、甲高い声があがる。

 異様に長い手足を振り回し、攻撃することすら忘れ、痛みから逃れようと必死にもがく。


「いいね・・・俺はそういう顔が好きだ・・・自分が強者だと思い込んでいた奴が、想像以上の存在に出会って絶望する顔がな」


 バケモノは悟る、目の前の『餌』―――否、人間は、明らかに自分の存在を知っており、『こちら側』だと。

 恐怖するどころか、まるでこれから遊園地で遊ぶ幼子のような嬉々とした表情で、それに反するように殺気を向けている人間と、明らかに立場が逆転してしまった、と―――


「そぉーらっ!」


 顔を潰す勢いで握る力を強くすると、そのまま思いっきり投げ飛ばす。

 砂埃を上げながら滑っていき、何とか体勢を立て直すと、四つん這いになって、咆哮を上げる。


「―――さて、これより『世界秩序防衛機関所属、神白励人』・・・発見した怪異の殲滅を開始する!!」


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