第5夜:ねこポン

 人気のないオフィスに、電話の音が鳴り響く。

 Nは慣れた手つきで受話器を取ると、やや疲れた表情で応対した。


「はい、■■株式会社です。ああ、はい2人残ってます。よろしくお願いします」

「…ええもう22時なの?マジかよー早いよー!」

 Y子はジタバタしながら今日も今日とてレッド■ルのロング缶を手にモニタを眺める。

 このビルは22時を回っても従業員がいることを入退室用カードキーで確認され、退室記録がない従業員がいると管理室から状況確認の電話が来る。


「早く帰りたいよう。ネコチャンたちが私の帰りを待ってるんだよう…」

「そのネコチャンたちのために、ハイこれ」

「はいはい、デザイン案を通しで確認したら先方にメール投げて帰りましょうねー」

 それぞれがZipを解凍しながら、外注していたデザイン案を次々に開いていく。

 X■かFigm■などがあれば楽だったがこの時代、PowerP■intに貼り付けて修正指示を書き込むしかないのだ。


「ネコチャンといえば、家にネコチャンを連れ帰っちゃった話があってね」

「そのネコチャン生身じゃないやつっすよね」

「モチのロンよ」



 猫を飼い始めて間もない頃、ある夜に友人とドライブしていた。

 中途半端なベッドタウンは、夜が更けると人通りもめっきりなくなり、駅から離れてしまえばあたりは暗い道ばかりだった。

 車通りもまばらな通りを走っていると、道の真ん中に恐らく轢かれてしまったであろう猫がいた。


「駄目だって分かってたんだけど、その子の柄がウチのネコチャンと同じで。つい「ついてきていいよ」ってめっちゃ強く思っちゃったんだよねぇ」

「ああそれは…致し方ないっす」


「あっ!ごめん!……あれ?」

 その日は特に何も起こらなかったが数日たったある日、リビングでソファに座ろうとした父が急に声を上げた。

 見ると座ろうとしたソファと、床で寝転ぶ猫を交互に見ている。


「今座ろうとしたら猫を踏んだ感触があったんだけど…全員床にいる???」

「ええ…?そんな事ある??」

 不思議そうな顔で呟く父を見ながら、Y子は冷蔵庫を開きペットボトルを取り出した。

 まさにその瞬間。少し下げていた頭を持ち上げた瞬間、明らかに猫の手で頭をポンとされる感触があった。


「え。あれ??みんな床にいるよね??」

「お前もか…?!」

 意味不明な状況に、2人で目を合わせる。


「思い出したのは勿論例のネコチャンだよね。ついてきちゃったかーそりゃそうかって」

「そりゃそうかで済ますのも、そこまで親父さん取り乱してないのもヤバいっすね」

「まあネコチャンだし?害もないしたまに気配は感じるけどどうにもできないしほってたんだけども」

 最後の1枚となったデザイン案に、吹き出しで注釈をつけつつY子はNを見た。


「妹登場で全部おしまいですよ」

 その頃Y子は父の事務所で暮らしていたのだが、妹が遊びに来た後を境に、その猫は出てこなくなってしまった。



「妹さん何かしたんすか?」

「いや多分無意識に成仏させちゃったんじゃない?私は引き寄せても祓えないからホントよかった…のかなネコチャン…」

 少しさみしそうに消えてしまった猫を思い出しつつY子はため息した。


「…まあ成仏?したならよかったんじゃないすか?」

「まあね…さてっメールの返信もしたらさっさと帰ろうか!ウチのネコチャンが待ってる!!」

 Y子は高速でメール本文を叩き込むと、ツッターンとエンターキーを景気よく押した。

 半分呆れるNを尻目に、帰り支度を始める。Nも勿論業務は終了している。


「まだ23時!ヤッタネ!!」

「感覚がバグってるっすネ〜」

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