第4夜:カラオケで歌いたかっただけなのに

 珍しく定時退社をキメたNは、煙草を吸ってから帰ろうと肩を軽く鳴らしつつビルの喫煙所に入った。

 そこには更に珍しく帰り支度のY子がいる。


「お疲れ様っす。今日は残業じゃないんスね」

「おつかれー!ようやくプレゼン終わったからね!まあ終わったのプレゼンだけで、ここからが本番だから嵐の前の静けさだけどねー」

 既に煙草は吸い終わりそうだったが、Nが火をつけるのを見て、Y子は2本目の準備を始める。


「ちょーっと早いけど、怪談話してから帰ろうかな」

「間に合ってるっス」

「まあまあそう言わないでさ。短めの話だから」



 その日は久しぶりに会ったいとこと、カラオケに行くことになった。

 高校生時代にバイトしていた飲食店のすぐ隣のビルで、自宅からそこそこ近い場所にある、どこにでもあるチェーンのカラオケだった。

 受付で案内された部屋の鍵を持ち、向かいにあるエレベーターから部屋のあるフロアへ向かう。


「ところがさ、そのフロアに着いた時点でなんかおかしくて、部屋に入ったらもう無理だったんだよねえ」


 部屋のドアを開けた瞬間、何とも言えない重い空気に、2人は揃って無言になった。一応椅子に座ってみたものの、重苦しさは気持ち悪さに変わっていく。

 その時2人は急に思い出した。かつてこのカラオケでバイトしていた友人に、出るフロアがあるという話を聞いていたことを。


 ある従業員は個室を片付けていた時に、いないはずの子どもがはしゃぎながら廊下を走る音を聞いたという。



「慌ててフロントに電話して、別の階に変えてもらったんだよね」

「うわあそういうのホントにあるんすね」

「ねーあと今話してて思い出したんだけど、隣の私がバイトしてたビルもさ、出るってビルだったわ」

 灰皿の上で灰を落としながら、真っ白な煙を溜息と共に吐きつつY子は遠くを見る。


「なんかバイトを始めるよりずっと前に、若い女性の飛び降りがあったとかなんとか」

「ガチじゃないっすか」

「まあ見たことないし、それより3年間のバイトで閉店中の店の入口が喧嘩のせいで血の海になってたことのほうが怖かったわ。治安悪い地域だったからな〜」

 しれっと話すY子をジト目で見ながら、Nは煙草を灰皿に押し付ける。


「なるほど、生きてる人の方がよっぽど怖ァ…!」

「ほんそれ」

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