第6夜:黒いというか暗い家

 いつもなら夜食と称したファミ■キと惣菜パンを食べているY子が、パステルイエローの小さな水筒のようなものにティースプーンを突っ込みながら、渋い表情でもそもそと何かを食べていた。

 Y子の背後から声を掛けようとしたNは、その中身を見て顔をしかめる。


「お疲れ様っす〜ってうわ、何食べてるんスかそれ…ゲロ?」

「失礼な!お粥だよ!!胃と十二指腸潰瘍になって食べられるものがなくて…ほぼ無味のお粥すらギリギリ食えるレベルなんだよう」

「ご愁傷さまっす…」

 手をそっと合わせてNは何とも言えない表情を浮かべる。激務が続いたY子は遂に体を壊し始めていた(レッド■ルの飲み過ぎともいう)。


 Y子は先日同僚とランチに中華を食べに行った帰り、悲壮な表情で戻ってきた後に病院へ直行した。

 結果「胃と十二指腸潰瘍」と診断されたらしい。


「ああ〜ご飯食べたい。普通のご飯…うッ考えるだけで胃が」

「もーとっとと切り上げて、今日は帰ったほうがいいんじゃないっすか」

「そうもいかないんだよう。いや今日は21時には帰る。帰るんだ…!」

 シクシクと泣きながらY子は決意を新たにすると、残っていたお粥を口に突っ込み作業を再開した。


「今日は下層ページ量産の単純作業だから早く終わるはず!」

「半分手伝うっすよ。ここの共有フォルダのS案件っすよね?下からやってくっすよ」

 SVNで共有されたフォルダを開きつつ、Nは1つずつファイルを確認していく。

 テンプレートフォルダにあるファイルをコピーすると、下層用フォルダにペーストした。


「うおおN神様!!そうです!!お願いします!お代は怪談で!!」

「わーいらないっすーー」

「暗い家に引っ張られた話なんだけどね」

 心底興味なさそうに返答するも、Y子は勿論意に介さず話し始める。



 当時バイトしていた場所からそこそこ近いところに、大規模なゲームセンターがあった。

 別の駅が最寄りだが、その駅からも歩くと遠いという微妙な立地のそこに、色々あって歩いて向かうことに。

 0時は過ぎていてあたりは暗かったこともあり、友人と手を繋いで歩いていたが、Y子はそこで妙なものに目を奪われる。


「そこの通りは民家が点在してるんだけど、見た家がミョーに黒い?暗い?家だったんだよね。初めて見たわけじゃないんだけど、その時は何だこの家?ってなって」


 明るい時間にバイクで通ったことも、もっと遅い時間に通ったこともあるはずのその道で、新築でもなく特に特徴もないその家の醸し出す異様さに疑問を感じたその瞬間。

 Y子は頭の中を鷲掴みにされて、思い切り引っ張られるような痛みに思わず体を傾がせた。それ自体は初めての経験ではなかったが、タイミング悪く友人と手を繋ぎっぱなしだった。


「ヤバいってなった時には遅くて、友人も一緒に引っ張られちゃったんだよ」


 幸い引っ張られて仲良くよろけただけで友人に障りはなかったが、Y子自身はかなりの力で引っ張られたらしく、酷い頭痛と痛む体にまともに歩くことすらできなくなってしまった。

 なんとかゲームセンターまで辿り着いた後は、1時間以上テーブルに突っ伏す羽目に。



「引っ張られたのは初じゃないけど、まさか家見ただけでそんな事になるとか思わないよね」

「ええ〜それその家でなんかあったとかっすか?」

「さあ?少なくともニュースとか事故物件とかじゃなかったと思うけど。実際何かあってもニュースにならない方が多いだろうし」

 Nは量産されていくフォルダを見ながら、それもそうかと妙に納得する。

 ”引っ張られる体験が初ではない”という発言は気になりつつも、それきり黙って作業二没頭するY子に倣い、自身も作業を再開するのだった。

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社畜の不可解な話 露隠とかず @tokazu11

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