第56話 姿は変わっても

抜けた妖怪は元の体に戻った。

「勝五郎様、お慕いしております」

着物は黒く染まり出す。妖怪は握られていない方の手を伸ばして香月の頬を撫でる。

「……やはり人間でないと愛してはいただけませんか? 仇を取れなかった私は、最後まで勝五朗様への想いを優先した私は、不必要なのですね」

香月は頬を撫でる妖怪の手を握れなかった。

この手を伸ばす悲哀に満ちた瞳は、初花ではない。

(本当にそうだろうか?)

今までの香月は、自分の求める初花ではないからと切り捨てたかもしれない。けれど、この瞳は全力で香月を見ていた。心が揺らぐ。

「でも、それでも。嘘でも良いので一言だけくださいませんか? よく頑張った、それだけで良いのです」

たとえその根源が初花の欲望を肥大化した存在であるとしても、この想いは間違いなく初花の持つものだ。そして救いを求めているこの手は自分にしか握れない。

記憶にある初花も、目の前にいるこの妖怪も同じだ。最後まで自分への愛は求めなかった。

「それだけで良いのか?」

黒い虚な瞳がきらりと潤んだ。

「俺はお前にもう一度会えたら伝えたい言葉があった」

着物が黒と薄桃色が混じり合い、見覚えのある色に染まり始める。あの日、地面に頭を擦り付けた時と同じ、少しくすんだ桃色だ。

「お前はいつもそうだった。綺麗な桃色が好きなくせに、汚れてもくすんでも、破れても。俺にばかり金も労力も時間も割いて、自分は顧みない」

黒い瞳も、見慣れた桃色に変わっていく。人間と妖怪のどちらも一人の初花に戻っていくことを感じた。

「今度は俺が初花に尽くす番だ。人間でも妖怪でも、初花が良い。愛している、そしてこれからは俺にも愛させてくれるか?」

溢れた涙は、透明だ。妖怪だろうが人間だろうが、変わらない。

「はい、私も勝五朗様も香月様も愛しております。でも、そのお言葉だけで十分ですので、どうか、人間として幸せに」

言い終わる前に香月は初花を抱きしめた。

「もう後悔する生涯は過ごしたくない。今までの初花の気持ちを聞かせてほしい。そして俺も話したいことがあるんだ。今まで話せなかった分、これから話していこう」

初花は静かに涙を流す。

「そんな贅沢、私にはもったいないです」

「じゃあこれからは沢山、贅沢をしよう」

「私、本当はすごく我儘なんです。やっぱりやめたとか、他の子が良いとか、許しませんよ」

「うん。俺は今もそんなに器用じゃないよ。ずっと兄さんの仇だけを追っていたんだ。初花も知ってるでしょ」

「無しとは言わせませんから!」

初めての初花の我儘は、ずっと押し留めていた純粋な欲望だった。

今までの悲しみと一途な想いを相思相愛に変えるように、一気に吐き出す初花は、泣いているのに幸せそうだった。

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