第51話 今是咋非
夜、翠雨は明鏡寺の宿坊に泊まった。距離を空けた位置に、香月の布団もある。広さは十畳ほどあるが、小さい村の小さい寺である。一部屋しかない。話し合った結果、距離を空けて眠ることで落ち着いた。香月も翠雨も、間違いが起きるような精神状態ではなかったことが決め手である。
翠雨は縁側近くの位置で月を見上げながら時計の針が動く音を聞いていた。
「この月を、彼も見ているのでしょうか」
結局、今は翔悟が連れ去られた原因が自分であるのか、香月であるのか、偶然が重なった事故なのかはわからない。何をしたらあの出来事を変えることができたのか。いやでも、しかし、と考えてしまう。
「もう少し早く、八重さんに出会えたら……」
八重が去った後、香月と翠雨は別れて行動した。理由は、お互いに一人で考えたいことがあったからだ。
翠雨はただ村を歩き回った。歩いているだけでにこやかに挨拶をしてくれる人がいる。話しかけられて、自然と世間話が始まった。
目が合った子供は翠雨を遊びに巻き込んだ。かつて翠雨が憧れた鬼ごっこやかくれんぼをした。戸惑ったし恥ずかしかったけれど、誰も責めないし悪口を言わない。仲間はずれにもしなかった。
この出来事は、この村でしか起こらないかもしれない。この先の未来に、嫌な人に会うことがないなどあり得ない。それでも、自分が呪った世界には、自分が無視してしまった優しさや愛情があったことの証明だった。かつて自分が決めつけて諦めた世界は、自分が醜い世界にしていたのだ。
「まだ間に合いますか?」
その言葉を届けたい人にも、きっともうすぐ会える。そう信じてみようと思った。
香月は記憶を遡った。それは思い出した前世だけじゃない。今世の自分の記憶も含めてだ。
初めに思い出した前世は、自分だとは思いたくないほどに最悪な人物だった。兄と家族を殺した男に復讐することだけに囚われて、自分に向けられた愛情すら道具とした。
そんな自分を前世の終わりに後悔したはずだった。
今世での自分は、非情な人間にはなるまいと行動していたことを理解した。
今度は人に好かれること、人を大事にすること。そればかりで、嘘を吐き、本音を隠して生きていた。人の思い通りに動くことが、人を大事にすることではなかったと気が付かなかった。
「結局、人を思い通りに動かしていた前世も、気に入ってもらうために動いていた今世も。自分の気持ちを押し付けるだけの行動だって、考えれば気が付けたはずなのに」
きっと明日には、この旅の終わりが決まる。
この願いが都合の良い期待だとわかっている。でも、もしも初花に会えるなら、来世でも生まれ変わりでも人間じゃなくても良い。だから、本音でぶつかる機会が欲しい。そうしたらまた一から始めよう。
「今度こそ、誰かを大事にできるように」
心を整理したら、睡魔が来た。その日の夢は、苦く辛い前世ではなく、願って仕方がない初花との穏やかで幸せな、もしもの未来だった。
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