第47話 アメノウズメ
アキツキ村は、ハルヒ町よりもさらに人口の少ない村だった。しかしハルヒ町よりも敷地面積は広そうだ。隣家との距離も遠い。畑や田んぼが多く、香月の住んでいた都会の街並みや、初めて見たハルヒ町とはまた別の景色が広がっていた。昔話の舞台のような景色だ。二階建ての家よりも高い物は、山と電信柱くらいだ。
「あ〜! お客さんだぁ〜」
平日の昼間。
バスには運転手と、香月と翠雨以外に乗客はいなかった。バスに乗る頃には女性の妖怪はいなくなっていた。
しかし、翠雨といると不思議なモノが見えることは間違いなかった。時折、視界に映るモノは、まるでアニメや漫画の世界のキャラクターだ。本当に、人間と同じ日常を送っているのだな、とぼんやり思った。川で遊んでいたり、人間の乗り物に一緒に乗っていたりと、彼らはまるで共存しているようだ。
しかし女性の妖怪のような、特徴的な雰囲気を持つ妖怪は見当たらなかった。もしかしたらあの女性は、妖怪の中でも特別な存在なのだろうか、と思わざるを得ない。強力な妖怪だとか。
バスから降りると、赤いランドセルの少女と黒いランドセルの少年が歩いていた。香月と翠雨を見つけて声を上げる。
角から飛び出してきた子供達も合流した。全員で五人だ。少女が二人と少年が三人だ。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんはこんなところに来てどうしたの?」
人懐こい子供たちはワラワラと近寄って来る。
「ばあ様がね、近々お客様がやってくるってゆってた!」
「こら、タケル君! お客様にばあ様の話をしちゃだめ!」
活発そうな少年はタケルと呼ばれた。そのタケルにツインテールの少女が注意する。辿々しい言葉遣いで話し始めた。
「でもばあ様は連れて来なさいって」
「この人達とは限らないわよ」
「まずはこの二人に目的を聞こうよ」
飽き始めた二人は小川で遊び出してどこかへ行ってしまう。
「ちょっと、ナコちゃんハー君! ばあ様にお客様の事を説明してきて!」
「うーい」
聞いているのか聞いていないのか、興味なさそうな返事をして、小川に沿って走って行った。
「お兄ちゃんお姉ちゃん、名前は?」
ツインテールの少女が緊張した表情で眉を吊り上げた。ビシッと指を指して強く言う。
名前を言おうとした香月よりも早く、翠雨は被せて少女を睨んだ。
「人に名前を聞く時は、まず自分が名乗る。親に教わらなかったんですか? 初対面には敬語を使う、先に名乗る。常識でしょう?」
ツインテールの少女はうっと呻めき、じわじわと目に涙を浮かべた。
「だって、だって! 村のみんなでばあ様を守るってゆってたからぁ! 怪しくないか確認しなくちゃってぇ!」
「おい、お前! メイちゃんをいじめるなよ! ばあ様に言いつけてやる!」
ついに泣き出したメイを庇い、タケルが威嚇した。香月の腰あたりにパンチをくらわせる。
「さっき走って行った子達はナコとハー君。ツインテールはメイで後ろにいる最初に声をかけてきた子がタケル君。ある程度名前は把握しました。で、最後。君の名前は何ですか? 君が名乗ったらこちらも名乗りましょう」
翠雨相手に口では勝ち目がないことを察した少年は、黙って本を閉じて、小さい声で名乗った。
「……サスケ」
翠雨は頷いた。香月は泣き出したメイの前に屈んで、頭を撫でる。
「怖い思いをさせてごめんね。俺は香月。お姉ちゃんは翠雨って言うんだ。少し聞きたいことがあるから、大人の人のところに案内してくれるかな」
涙を拭いたメイは顔を上げて、頬を赤らめる。
「カツキが抱っこしてくれたら案内してあげても良いわよ!」
不機嫌そうな表情だ。けれど両腕を広げる様は、この歳でもちゃんと女の子なのだと実感する。香月は恭しく頭を垂れる。
「喜んで。お姫様」
ウインクをして片腕に抱えた香月に、タケルはさらに不機嫌そうだ。こちらは翠雨が引き受けた。
「タケル、好きな子にはちゃんと優しくしてくださいね。ああいう軽い男に取られてしまうのだから、特別扱いは大切ですよ」
この中で、一番恋愛に疎い翠雨が少年にアドバイスをしている姿は、少々可愛らしい。香月は後ろを気にしながらメイと大人のいる場所を目指した。
翠雨の右側にはタケル、左側にはサスケが付いて来る。
「スイウはそーゆーの疎そうなのに、よく言うね」
本を閉じて小脇に抱えるサスケは翠雨を見上げる。翠雨は鼻で笑った。
「極端に好意を寄せられれば嫌でもわかるようになりますよ。好意を向けられて気が付かない人は小学生か漫画の登場人物くらいでしょう。そんなこともわからない君は、まだまだ子供ですね」
サスケは悔しそうに顔を紅潮させて横を向いた。香月は大人気ない翠雨の頭を叩いた。翠雨は顔を逸らし、舌打ちをする。
「カツキ! ここを真っ直ぐ行ったお寺にばあ様がいるわ! そこにはいつも大人の人がいるのよ」
「そうなんだ。メイちゃんは物知りだね。助かるよ、ありがとう」
香月は右腕で抱えるメイの頭を左手で撫でる。メイも甘える子猫のように頭を擦り寄せた。
兄と妹のような二人を後ろから眺める翠雨は、女性なら子供もありなのかと、呆れを通り越してむしろ尊敬の念を抱いた。タケルは翠雨よりは大人な反応で、じっくりと香月を観察している。
見えてきた寺は古くはあるが、村に愛されて来たことがわかるほど整えられていた。石畳は木の葉や砂利がなく歩きやすい。木々も美しく切り揃えられて、生き生きとしている。
作務衣の中年男性が今も箒で掃き掃除をしていた。
メイは手を振った。狭い村であることから、知り合いである可能性はかなり高い。香月も作務衣の男性に頭を下げた。
「メイちゃんにサスケ君、タケル君。そちらの方は?」
メガネの下の瞳は細く、神経質そうな男性だが、目元の笑い皺と声色が穏やかな人柄を表している。メイは元気良く答える。
「カツキとスイウは大人を捜していたのよ。カツキは悪い人じゃないわ。きっとばあ様がゆってたお客様はカツキのことよ!」
メイの簡潔すぎる説明に、翠雨は補足する情報を頭の中でまとめていた。けれど作務衣の男性は大まかな成り行きを理解したようだ。
「カツキさんとスイウさんですね。私は一応、この明鏡寺の住職をしております、久松です。この村にいらっしゃった事情をお聞きしても?」
香月は翠雨に視線を向けるが、翠雨は山門に入ってすぐの場所で右手に見える朱色の鳥居を見ていた。
「この村は神仏習合が根強いのでしょうか」
呟いた言葉に久松は微笑む。
「隣は猿女君、つまりアメノウズメ様を祀っているのです。もともとは猿女君を祀っていた村なのです。猿女君が出雲へ出向かれた時期に流行った疫病を阿弥陀如来様がお治めくださったという伝承があり、猿女君と阿弥陀如来様を信仰しているのです。猿女君のいらっしゃらない時は阿弥陀如来様が、阿弥陀如来様のいらっしゃらない時は猿女君が見守ってくださると」
翠雨は、自身の名前や通っていた神社と、ここの繋がりを勘繰ってしまう。
「アメノウズメ様が、私を導いてくださったのでしょうか」
呟かずにはいられなかった。まるで引き寄せられるようにここまでやって来た。悩んだ時はまるで先導するように現れたあの女性の妖怪は、もしや。
「香月先輩、私達の見たあの踊るような女性は、アメノウズメ様だったのではないでしょうか」
問いかけるような口調だったが、翠雨は確信していた。なぜなら、今も神社の本殿の上で美しく舞い踊る女性がいる。
一度動きを止めたアメノウズメは、香月と翠雨の前まで瞬時に移動し、両腕で包み込むように抱きしめた。
『もう、心配は要りませんね』
二人の耳にはしっかりと同じ言葉が聞こえた。
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