第45話 手がかり

かつての出来事を話したレイハは話を締め括った。

「誰もが慕う人魚の王子様は、人間の少女に恋をした。少女の心を独占したかった王子様は、少女に消えない呪いをかけた。自分の死を焼き付けて長い時を生きなければならないという呪いを。少女の心を自分だけの物にしたい、それだけのために。少女が傷付いても、泣いても絶望しても。それでも、一秒でも長く心を繋ぎ止めておくために」

香月も翠雨も唖然とした。しかし翠雨には心当たりがあるようだった。八重に起きた出来事があまりに残酷で、香月は声も出ない。

「妖は欲望に忠実で、善か悪かなど気にしないことが多いのです。人魚として慕われたお兄様ですが、慕われる理由が人間と同じとは限らない。妖として慕われる理由は、あくまで妖の尺度で測った場合の話。八重の心が欲しい。その欲望に抗えなかったことは、お兄様が悪いのではありません。それが妖の性なのです」

翠雨は唇を噛み締める。それは、かつて八重のそばに自分がいたら、君彦がいたら、少しは彼女の人生を変えられただろうかと考えているためだ。香月にはすぐにわかった。

レイハは尖った耳に手を添える。

「……聞こえる。お兄様の体の一部を取り込んだ八重の声が」

ツーと涙を流すレイハに、香月は弾かれるように聞いた。

「少女の、八重さんの声が聞こえるのですか? でしたら、八重さんの居場所もわかるのではないですか?」

触れようとした香月の脇を通り、レイハは泉に飛び込んだ。

「八重の強い思いを汲み取ることは可能です。けれど、そうですね。彼女はお兄様の呪いを緩和することができた。愛するモノを見つけたのでしょう。キーワードは、アキツキ。阿弥陀岳、阿弥陀岳を目指してください。彼女はそこで待つと言っています」

尖った言葉ではあるが、レイハは親切だった。

レイハの瞳から、香月は些細な憶測を立てた。もしかしたら、レイハはソウハを羨んでいるのかもしれない。そんな憶測だ。

人間と関わりを持ったことか。自身の感情や欲望に忠実だったことか。はたまた想い合った相手がいたことか。あくまで想像でしかないが、香月が思うにレイハは誰よりも人間らしい。

「ありがとうございました、レイハさん。きっと、ソウハさんもあなたのことを羨んでいたでしょう。わかりにくくても、あなたは凄く人間らしい妖怪です」

香月は少しでも彼女の心が軽くなるようにと、レイハに言葉をかけた。レイハも瞳をすがめた。香月の見間違えでなければ、口角がわずかに上がったようだ。

「一歩を踏み出すことも、時には必要でしょう。レイハ、機会があればまた会いましょう。その時は腹を割って話せることを願います」

翠雨も思うところがあったのか、珍しく歩み寄ろうという気持ちを感じた。やはり、ぶっきらぼうではあるが。翠雨とレイハは、どことなく似ていた。

レイハは手を伸ばして、すぐに胸に押し当てる。

「来なくて良いです。わたくしが自分で行きます。たとえあなた達がいなくとも、いつかわたくしは自分で、世界と人間と人間の街を見て歩きます」

香月も翠雨も、レイハへ手を振った。

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