第38話 母様 ー隠世ー
初花とはぐれてそれなりに時間が経った。
日向は横で上機嫌に醤油が強い辛めのみたらし団子を頬張っている。
「おい、ショウ。八刻に食べる菓子をもっと寄越せ。次は甘い物だ」
口をモグモグと動かしながら首を忙しなく動かす。自信と興味の間から時折のぞく遠くを見る雰囲気は、年相応の不安だろう。
「日向様はあまり古都を歩くことはないの?」
「俺は下等な妖とは違う。高貴な存在なのだ。人間のように馴れ合うこともないし、屋敷を出ることもない」
プライドが邪魔をしていることは一目瞭然だ。強がる姿は、翠雨と重なる。しかしその無意識の我慢が当たり前となっているところもまた、翠雨のようだ。
遠目で見ていた翠雨に、言いたくても言えなかった言葉が思わず口をついて出た。
「寂しいの?」
日向は笑う。なんてことない、当然だと言わんばかりだ。
「俺はいずれここを離れる。作戦が成功しようが失敗しようが、それは変わらない。お前は人間だからわからないだろうが、妖とは本来、群れない生き物だ。強い者ほど群れないし馴れ合わない。弱い奴ほど群れて馴れ合う。だから俺は寂しいなんて思わないし、羨ましいとも思わない。どうだ、人間にはわからない孤高さだろう?」
輝夜の訪れを前に、お祭り騒ぎの古都。駆け回る小さい妖怪達を見る日向の瞳は、羨んでいる。
日向と共に賑やかな妖怪達を眺めていて、日向を見た時の感覚を思い出した。その感覚にピタリと当てはまる言葉が、今見つかった。
――異質。
日向は人間ではない。けれどおそらく、ただの妖怪でもないのだ。だからここの妖怪達を見ていて、日向との違いを感じる。
言うなれば、人間よりも自由で、妖怪よりも神聖なモノ。
だからだろうか。日向は、そこの違いを明確にしようとする。そんなところすら、彼女を重ねてしまう。翠雨も日向も他と違うことを、本人が一番わかっていて、怯えているように見える。
日向になら、彼女に言いたかったことが言えるかもしれない。先ほどは思わず言ってしまったが、今回は翔悟が勇気を出して言う言葉だ。
「同じじゃないと、関わったらいけないのかな」
「はあ? お前は何を言っているんだ。違ったら溝を感じるだけだ。歩み寄りなど上の者が苦労するだけだ。理解できぬ相手ならば関わらない。一番平和的解決だ」
日向の言葉は言い訳を探しているようだ。プライドで自分を守っているようにも聞こえるが、そのプライドこそが、日向の一歩を邪魔している。
「日向様は彼らと遊びたい?」
トン、と背中を押すような言葉を投げかけた。日向は視線を妖怪達に向ける。けれどすぐに俯いて翔悟を見上げた。
「母様が一人でいるのに、俺が楽しく遊ぶことはできない」
悔しそうに見えたが、日向は思いの外前向きだった。
「俺が我慢しているわけではない。目的を達成した先に自由がある。俺は俺の目的を優先しただけだ。そして」
日向は大妖怪らしい、自信と余裕が溢れていた。不敵な笑みを浮かべて言い放つ。虚勢かもしれないが、今はきっとこれで良いのだ。
「俺は諦めない。ゆえに目的は必ず達成する。だから、明日にでもあいつらと遊んでやっても良い」
日向が彼らと遊び歩く時、翔悟は現世への手がかりが掴めていると良い。けれど日向が遊び回って、少年らしい表情をしているところを見てみたいとも思った。
「計画の準備は大丈夫なの? 日向様」
「計画の準備は終わっているも同然だ。万が一、ここを離れることになった時のために、歩いていたのだ。だから、甘味を持って来い。それも有象無象が食べるような物だ」
離れ難いと物語る日向を見下ろす。翔悟は日向の正体に勘付き始めたが、日向が言わない以上、野暮なことを聞く必要はない。
「じゃあ作戦が成功したら一緒に遊ぼうか。僕も隠世は初めてだし、みんなで遊ぼう。ついでに、仲間も見つけないといけない」
「仲間? そいつも人間なのか? 何人いる?」
興味深そうに聞き返す日向。
「いや、妖怪が一人。彼女も現世へ行きたい理由があるんだ。名前は初花」
日向の表情が険しくなる。
「初花? そいつは確かーー。いや良い、もうすぐ夕刻だ。作戦の最終確認に、屋敷へ行くぞ。母様、輝夜を取り戻すんだ」
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