第36話 魂の片割れ
眠そうな瞳を三日月型に細めた君彦は、万年筆を取り出してメモ帳に走り書きしていく。
「どんなものを見た? 夢についても詳しく聞きたい。わかった、その事象についても詳しく調べよう!」
キラキラと目を輝かせる君彦に、翠雨はため息を吐いて諦めた様子だ。
「勝五郎の気持ちが流れ込んでくるんです。いつも初花という女性が泣いていて。もしかして、前世の記憶というものですか? それとも、勝五郎か初花に取り憑かれているとか?」
「可能性がないとは言えないが、兄ちゃんが嬢ちゃんと出会ったこともまた、必然だろう。魂の片割れ。聞いたことはないか?」
魂の片割れとは、重い業を背負った魂が二つに分かれる現象だ。業を分けることでその魂に来世で降り掛かる試練を軽くする意味があるという。
同じ魂であったために、その片割れには強く惹かれるることもある。多くは双子であったり、恋人であったりする。
業を背負うだけあって、魂は不遇な生活や理解されないような秘密を抱えることがある。ゆえに引かれあった片割れと出会うと、人生の流れが大きく変わると言われる。
事実、香月は翠雨と出会って目まぐるしく変化した。
「俺と分かれたから翠雨はあんなに苦しい生活を送ったということですか? 翠雨と出会ったから、前世の記憶が蘇った?」
どう考えても、香月より翠雨の方が辛く苦しい人生を送っている。あまりに不公平だ。
「魂の片割れは、何も綺麗に半分に分かれるとは限らない。前世の記憶は兄ちゃんの方が強く残り、嬢ちゃんには重い業が多くのしかかったのだろうな」
黙っていた翠雨は酷く不機嫌そうに言い切った。
「私の人生は人から見て幸せとは言い難いことはわかっています。ですが、私の苦労も努力も、あの人との出会いすら神や魂を理由にされたくないです。私が頑張って、私が選んだ人生です。全て私が歩んだ人生を、香月先輩のせいにしないでください。不愉快です」
これ以上香月が責任を感じても翠雨が更に不機嫌になるだけだ。
自分があの様に冷たい人間であったとは信じたくはない。まるで、翠雨の様だと思ったが、それも分かれた時に何かしらの意図があったのかも知れない。そして、翠雨も勝五郎のように冷徹なだけではなかった。何か事情があったのかもしれない。
翠雨のことも、勝五郎のことも、香月には全てを知る術はないし、知り得ない。
「俺が翠雨に言った言葉は、前世の俺に言っている様なものだったのかも知れないな」
客観的に己を顧みろ、といった様な意図があったのだろうとしか思えない。
「先輩の前世に一ミリの興味もありませんが、面白いくらいに性格が悪かったことはわかります」
「今の言葉をよく聞いていた? 翠雨に言っていた言葉が、まるで前世の俺に言っているようだと言ったんだけど」
「ッチ。性格悪いですね」
「翠雨もね」
君彦はうつらうつらと船を漕ぎ出した。翠雨は不貞腐れて横を向いている。
「まあなんだ。これから何が起きるか俺にゃ想像つかねえが、最後は必ず幸せが訪れる。御祓は辛く険しいが、魂を成長させる試練だ。それも、魂の質が上がる時に訪れると言われる。試練に耐え得る強さがある者にやってくるんだ。お前らは大丈夫だ。無理なら帰って来りゃ良い。咲子も俺も待ってんだ。行くとこがあるんだろ? 行ってこい。おりゃ寝る」
話しながら敷布団に四つ這いで向かっていく。掛け布団に潜り込むと、手をひらひらと振った。寝息が聞こえるまでに時間はかからなかった。
「行こうか、翠雨」
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