第33話 宵の月

吐いた翠雨を確認して、栄吉はすぐに医者を呼んでくれた。翠雨が吐いたことは、咲子が出した食事で中毒を起こしたなんてことではなかった。

「急激にストレスを感じたり心に負担がかかったりした時に起こる、心因性嘔吐でしょう。しばらく休ませていれば落ち着くと思います」

翠雨は布団で穏やかに寝息を立てている。

それほどまでに過去の話は翠雨にストレスをかけたのか、と香月は自分を責めていた。

深夜になって、香月はふと翠雨の様子を見に起き上がった。

軒先には翠雨が吐いたハンカチが揺れている。

眺めているとなんだか妙に懐かしい心地がしてきた。

スッと襖の開く音がして、香月が振り返ると翠雨が出てきた。瞳は妙にぼんやりとしていて、寝起きなのかと香月が支えに近づく。

「はつはな」

翠雨が呟いた。誰の名前なのか、そう思った時、ハンカチはふわりと舞い上がった。掴もうと手を伸ばす。

このハンカチを手放してはならない。そんな気がしたが、遊ぶように舞い上がったハンカチは月明かりの元で引っ張られた。現れたのは、昼間に見た天女の妖怪だ。

「これが大事なのでしょう?」

笑い声と共にハンカチは妖怪に持って行かれた。

我に帰り、様子のおかしい翠雨を見る。その場で倒れ、寝息を立てていた。翠雨の頭を触ったが、強く打ったわけではなさそうだ。消えたものはどうにもならない。翠雨を布団へ寝かせて、月を見上げる。

今日は寝つきが悪そうだ。

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