第32話 東屋にて
香月と翠雨は、庭の池の上にある東屋に落ち着いた。香月が、ゆっくりと話ができるところを借りても良いか、と栄吉に話してしばらく人払いしてもらったのだ。翠雨としては、あまり大っぴらに広まって欲しい話ではないだろうという、こちらも善意の気遣いだ。
「事実、私は妖が見えました。話もできました。彼らは妖怪、ではなく妖と言うようです」
人払いを頼んだ時に、香月は二人分の冷たい緑茶を持って来ていた。ペットボトルの緑茶を両手に、池で鯉が泳ぐ姿を眺めながら話をする。
「ずいぶん幼い頃から見ることができて、人ではなく妖と遊ぶこともよくありました。この話を信じてくれたのは両親と、君彦さんくらいです。何もないところへ話しかける私は、非常に不気味に見えたそうですよ。そんなことをしているうちに友人はいなくなり、妖と遊ぶことがさらに増えました。七歳の頃、両親が他界し引き取り先では不気味な子と呼ばれ冷遇されました。唯一の友人であった妖も姿を現さなくなり一人になりました」
そこまで聞いて、香月は否応なく理解した。
受け入れてくれない人に囲まれ、心を許した相手は消える。人間不信になることも仕方がない。裏切りと思うことも仕方がない。
想像力が足りなかった。
自分は恵まれて生きてきたと痛感する。大きな悩みも、傷付いた出来事もなく生きてきた自分にとって、人の痛みを感じる機能は必要なかった。
人は生まれながらに善であると思っていたのかも知れない。だからこそ、人に嫌われる者は生まれながらにそういう人物だ。人を嫌う者は生まれながらにそうなのだ。
そこに理由があると思ったことがなかった。その理由を知ろうともしなかった。
「俺は愚かだ」
そう呟いた香月に、翠雨はなんでもないことのように呟いた。
「私も愚かです」
隣に座る二人の視線の先で、金色の鯉がチャプンと跳ねた。
「今思えば、私は理解されぬと信じ込んで、理解してくれるかも知れない人を遠ざけた。それは私の落ち度です。私が一人になったのは、何者でもない私のせいです」
香月は思わず翠雨を見た。その瞳は、否定して欲しくて言っている言葉ではないとすぐにわかる。本気で自分のせいだと責めている。
「辛い人間が全て悪いなんていう道理はないよ。完全に翠雨が悪くないと言うつもりもないけれど、辛い思いをした人だけが悪いなんてことはない。そう思わせた人間がいた。それは紛れもなくその人が悪いんだ」
強く言う香月を見て、翠雨の瞳に涙が滲む。
「香月先輩、さっきのハンカチを貸してください」
黙って香月が差し出すと、ウッとうめいて、ハンカチに吐いた。
「翠雨、お前!」
鼻をかむと言う流れを想像した香月は、やはり翠雨は放っておけない後輩だと再認識した。
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