第23話 自己嫌悪
我に帰った香月は時計を確認するが、一分も経っていなかった。翠雨は横で血の気が引いた顔をしていた。
「翠雨! 今の映像が本当なら、急がないと茅ちゃんが危ない!」
翠雨はビクリと跳ねた後、一目散に駆け出した。その瞳は見慣れた、色の無い澱んだものではい。顔色は悪いけれど見たことがないほど感情的だ。
「あいつら、人間を馬鹿にするのも大概にしなさいよ」
大きな声ではないけれど感情的な翠雨の発言に、香月はため息を吐く。
「おい翠雨! 感情的なままでは判断を誤ることもある。冷静になれ」
「うるさい。私は冷静よ。あなたには関係ない、黙ってて」
いつも冷静で丁寧な口調を崩さなかった翠雨は、本来の姿ではなかった。もしかしたら、この荒い口調が素の姿なのかもしれない。
そんなことを考えていても話は平行線だと冷静な思考に集中する。何よりも茅の安全が第一だが、翠雨のことが思考を乱す。募り募った怒りが込み上げて、冷静などと言う言葉は一瞬で去って行った。
「おい!」
記憶にある中では、香月もここまで感情的な声を出した記憶はない。
「いい加減にしろよ! 自分の感情ばかり優先させんな! 少しは周りの気持ちも考えて行動しろ! 今は茅ちゃんの安全が第一だ。冷静になれ!」
言いながら翠雨の左腕を引っ張った。翠雨はその手を振り払う。
「じゃああなたはあいつらの何を知っているの? 少なくとも私の方が知っている。黙ってついて来て。せめて邪魔をしないで」
小馬鹿にするように口角を上げた翠雨の表情に、香月の不満も爆発した。
「お前はもう少し言い方を考えろよ。言われた相手の気持ちも考えて」
「理屈ばっかりであんたこそ自分のことしか考えていないじゃない。今だってそう。茅の安全が第一なら自分の不満を言う必要はないじゃない。自分を正当化するだけの自己中野郎は引っ込んでて」
振り払った手をそのままに翠雨は走って行った。
『自分を正当化するだけの自己中』
熱くなっていた頭は、翠雨の言葉で冷や水を浴びせられたように温度を下げる。翠雨の言葉が心に刺さった。
走り出した翠雨は一度振り返り、捨て台詞を吐いた。
「せいぜい私を否定した自分の言葉でも正当化してれば」
何も言えない香月は駆けていく翠雨を見送った。自分には追いかける資格もないと感じていた。翠雨の言葉は間違っていない。彼女の言葉を聞いて腹が立って、茅の安全を失念していた。
「俺はいつまで経っても人の気持ちが考えられないままか」
翠雨への苛立ちも、正当なものだと盲信していた。まさか自分が悪いわけがないと。だからそのことを突いた君彦の言葉に、反論ができなかった。そして、考えることをやめた。
あの夢で聞こえた言葉は、まごうことなく香月の言葉であったと悟る。
あのような言葉は、翠雨には言えない。言えるとしたら、自分なのだ。
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