第20話 ハルヒ町

「事件に巻き込まれていないとしたら、事情を知っているのは、シロタと言う少年だろう」

涙ながらに訴える栄吉に、香月は問いかけた。

「それでは俺達が呼ばれた意味って? 警察を頼った方が良いのではないですか」

栄吉は頷いた。拳を握りしめて搾り出すように言う。

「この町には、守り神様が居られる。幼い子供は時折、そのお姿を見ることがあると伝わっているんだ」

パタン。

黙っていた翠雨は確かに話を聞いていたらしく、読み込んでいたファイルを閉じて鋭い視線を向ける。

「隠し事は要りません。全て話してください」

栄吉はどこかはっきりとしない表情で翠雨の視線から顔を逸らす。

翠雨の物言いに苛立ちは感じたが、香月もまた、同じ意見だった。

「隠し事をされては、俺達も茅ちゃんを捜すことに全力を注げません。情報はしっかりくださいませんか?」

『こちらですよ』

バッと顔を縁側へ向けたのは、香月だけではなかった。

目を見開いて凝視する翠雨の視線の先には、舞い踊るように歩いている女性の姿がある。

薄桃色の羽衣、赤い袴に白い帯。ポニーテールの黒髪には銀色のかんざしが揺れる。裸足であるにも拘らず軽い足取りでどこかへ向かって行ったのは昨夜、香月が見た女性だ。

到底、人間とは思えない様子に翠雨は駆け出した。追うように香月も走り出す。

「自分勝手に私の前に現れて、私が一人の時には寄り添ってもくれない。気まぐれに現れるなんて、馬鹿にするのも大概にして」

呟いた言葉の後、翠雨は強く唇を噛み締めた。香月にもぼんやりとだが、その呟きは聞こえてきた。

『人に焦がれる神は、人により自由と愛する気持ちを奪われた』

頭に響く歌声は、前を行く女性の軽やかな足取りと同じリズムで進む。彼女が歌っていることは瞭然だ。

『暗く狭いその部屋で、神はなにを思ったか』

徐々に獣道となって行く。場所は新島邸の裏山だ。女性の足はスピードを落とした。

鬱蒼とした山の中を走ったためか体力の消耗は激しい。けれどおそらく、消耗した体力に見合った距離は走っていないだろう。すぐ下に新島邸が大きく見えていた。

『神に愛されし娘は、呪いか祝福か、みな一様に』

女性が手を伸ばす。みすぼらしい祠に手をかけて、妖艶に微笑んだ。

『姿を消した』

頭に血が昇っている翠雨は、女性に向かい大きな声を上げた。

「また私の目の前に姿を現して、今度はどうやって私の人生を弄ぶ気よ!」

香月は翠雨の背中に手をかける。

「やめておけよ! この女性が俺達に情報をくれる気なのは見ればわかるだろ!」

「うるさい! この妖どもが私の人生を弄んだのよ!」

香月には、翠雨の言葉に憤りが強く感じられるが、しかしそこに含まれる感情が怒りや憎しみのみであるとも思えない。その証拠に、翠雨は大学で日本の歴史の中でも妖怪や神話を熱心に研究している。

二人が視線を外した間に、女性は微笑みを残して、そのまま姿を眩ませた。霞のように静かに掻き消える。

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