第19話 新島邸

「彼らが今回の事件の協力者なんだが」

香月と翠雨は、君彦を挟んで険悪な空気を醸し出している。

愛想の良い香月が、あからさまに不満を表に出すことは珍しかった。いつもなら受け流せる感情が、まるで幼子に戻ってしまったかのように言うことを聞かない。

時刻は十一時を僅かに過ぎた頃。場所は新島邸。

目の前には青ざめたと言うには白くやつれた顔をした男性が座っている。君彦より少し年下ほどの年齢の男性だ。

新島邸とは、ハルヒ町の住人を束ねる一族の住む邸のこと。代々町長を担う家、ということだ。

新島一族への住人の信頼は一介の町長という枠には収まらない。

君彦もハルヒ町へやって来た頃には随分と世話になった。今回の新島邸で起こった事件は君彦としても協力を惜しむ気はなかった。

衰弱する町のリーダーに、住人は狼狽するばかり。頼りの君彦も、専門から外れた内容にお手上げ状態だった。町の外の者への協力を、という意見も出た。しかしその意見もすぐに却下される。ハルヒ町が閉鎖的な町であること、外の者へは言えない秘密があることが理由だった。

そんな時に、君彦宛に翠雨から連絡が来た。

かつて妖怪が見えたという翠雨。その両親も、君彦より広く深い知識がある。新島邸当主に許可を得て、翠雨を呼んだということらしい。

「君達が、君彦君の呼んだ、頼みの綱……。どうか、どうか娘を見つけてくれないか!」

土下座をする勢いで頭を下げる新島当主。

部屋の横に広がる日本庭園の獅子おどしがカコン、と軽い呑気な音を立てた。

「まずは自己紹介と状況説明をなさるべきではありませんか。こちらとしても軽々しく返事をすることはできません」

「おい、翠雨!」

心労の滲む顔で涙ながらに懇願する新島当主の気持ちを考えると、思わず翠雨へ厳しい声をぶつけてしまう。翠雨は気にした様子もなく自身の用意したファイルに目を落としていた。

「いや、申し訳ない。私の方が礼を欠いていた。私は新島栄吉と申します」

憤った香月ではあるが、栄吉が落ち着いた声で言うので、これ以上はなにも言えなかった。

「俺は葉沼香月です」

香月はできる限り微笑む。対して翠雨は関心がない様子だ。

「天野翠雨です」

困った顔で頬を掻く栄吉に、君彦は助け舟を出す。

「新島さん。嬢ちゃんはこう見えてちゃんと聞いている。協力者としては信頼できると思うから、話してくれ」


新島栄吉には一人娘がいる。名前は茅。今年で十二歳になる。少し変わった性格をした少女だ。

一人遊びが好きで、物静か。友人がおらず、寂し気な雰囲気を纏っている子だ。一般的な幼い少女と比べて心配になるほど、大人びた笑顔をする子供だった。

身近に同年代の子供がいないことが原因か。そう思い、分家や部下の家に少女がいないかと捜し回り新島邸に招待した。けれど茅の年相応の笑顔が見られる日はなかった。

「お父様、私に弟ができたわ」

栄吉がそう聞いたのは丁度、一年前のことだ。

表情の乏しい子供なのだと思っていた栄吉と妻の早苗は黙って話を聞いた。感動を茅へ伝えて話を遮るより、親としてしっかり話を聞いて、後に夫婦で共有したら良いと判断した。

「シロタって言ってね、お姉ちゃんがいたんだけど、いなくなっちゃったんだって。だから私にお姉ちゃんになって欲しいって言ってた」

家族で食卓を囲んでいる時はいつも黙々と食べる茅は、今日はほんのりと目尻を下げて口角もわずかに上がっている。拙い言葉で話す茅は今までで一番楽しそうだ。

以来、毎日のように夕方までどこかでシロタと言う人物と遊んでは楽しそうに話すようになった。

どこの少年の話なのか、いつもどこで遊んでいるのか。

「シロタは大人には内緒にしてねって」

聞いたがそればかりで教えてはもらえなかった。徐々に不安が募る。怪しい人物ではないか、危ない目に遭わないか。

「一度くらい挨拶をしたいんだが」

探りを入れると、茅はいつも困った顔で返す。

「今度、聞いてみるね」

そう話をしたことが一ヶ月前だ。

その次の日。

「今日もシロタと遊んでくるね。お父様がお話したいって言ってたよって話してみる」

楽しそうに家を出てから、行方不明となった。

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