第16話 飯沼翔悟 ー君に話しかけたくてー

「また一緒に過ごそう」

そう言う両親と話し合うことが多く、翠雨に声をかけることは叶わなかった。

高校受験の前に話に決着をつけようと祖父母と両親、翔悟で食事をすることとなる。

「翔悟は一番大事なことは決まっているかい?」

父の一言に母は大きな声を上げた。

「翔悟、ごめんなさい! 私は翔悟を置いて行ったことを凄く後悔したわ。もう遅いかもしれないけれど、あなたとの時間を私にちょうだい。あなたの気持ちをわかっていながら、あなたの苦しむ姿を見たくないという私のエゴを優先してしまった。ごめんなさい」

母の泣く姿が心を締め上げる。その姿が翠雨と重なった。

「僕は」

高校は祖父母の神社を継ぐことのできる場所を選んだ。心が苦しい時、ここに住むさまざまな人が翔悟を支えてくれた。祖父母、友人、教師や近所の人達も。そんな彼らを見守り支え続けるこの神社は、きっと守り続けないといけない場所だ。

「ここで見守りたい人がいる」

「それが翔悟の望む将来ならば、父さんは応援するよ」

母の泣く姿や願いに弱かった翔悟が、強く望む未来を、みんなで応援しようと決まる。母は寂しそうにしながらも、愛する息子の将来を応援すると言い、強く抱きしめた。

「長期休暇にはちゃんと我が家に帰って来なさいね」

そのまますぐに受験が始まる。

中学校ですれ違う翠雨の姿は、変わらぬまま。

声をかけようとしても、言葉が出なかった。話をしたことはもう遠い昔。あの日の夜空のような瞳は、いつも曇った夜の空だ。月の光も届かない濁った空。

それでも気にかけてしまう理由に、まだ翔悟は辿り着けないでいた。

「お前、それ初恋を拗らせているだけだろ」

高校受験は見事合格した。小学校に編入し、最初に声をかけてくれた親友の友也が翔悟に言った。

翔悟はポカンと口を開けて友也を見る。頬杖を突いていた左手から顎が落ちて鈍い音が響く。

「おいおい、女子に人気の顔に傷が付くぞ」

呆れた声を出す友也こそ、女子に人気だという自覚がない。

「お前のほうが人気じゃん。僕は、なんか。可愛い弟、みたいな扱いだろ」

翔悟の呟きに友也は苦い顔で言う。

「お前には初恋を拗らせた残念イケメンっていう付加価値があるだろ」

クラスの女子を見回せば、聞き耳を立てていた女子は一様に頷いていた。

「俺らと同じ中学の女子が広めたらしいぞ。卒業式に学年のアイドル佐野さんを振った話は有名だな」

「なぁになぁに! 飯沼君の初恋相手の話? みんな知りたい話だよぉ」

ゆるふわな高橋は先陣をきって話を聞きに来た。それを皮切りに、面白半分の男子と憧れの翔悟と友也の話が聞きたい女子がわらわらと集まって来る。

それからは放課後の教室に仲の良い友人やクラスメイトが集まり、翔悟の初恋相談会が開かれた。

「それはもう、幼馴染の初恋の王道だよぉ!」

「イケメンが初恋を引きずってるのは、尊い!」

「おい、誰か天野さんの写真持ってるやつ!」

横から友也がそっと中学時代の文化祭写真を取り出した。

「いやそのスマホ僕の!」

友也は翔悟のスクールバッグから勝手にスマホを取り出していた。

「え、美人」

「クールだ!」

翔悟の初恋のエピソードに騒然とし、その相手の容姿に一気に静まり返った。

「ねえその子、弟と同じクラスだよ。確かこの高校受験するらしい」

突然降って湧いた情報に今度は歓声が上がる。

「それはもう運命!」

「チャンスだよ、チャンス」

「よし、飯沼のために作戦会議だ」

誰かが黒板に作戦をメモしていく。その初恋相談会は下校時刻まで続いた。

「おいお前ら〜、仲が良いのは結構だがそろそろ帰れよ〜」

担任の緩い注意を受けその日は解散となる。しかし翔悟のエピソードは瞬く間に広がりを見せる。

誰の差金か、もしくはクラス全員の差金か。翠雨が来ると思われる受験日のスタッフとして翔悟が推薦された。全て作戦の内だったのだろう。スタッフ生徒の誘導で翔悟は小学校編入前に神社の公園で話してから、初めてした翠雨との会話だった。

「天野翠雨さんですね。受験は二階の二年三組の教室です」

「ありがとうございます」

視線を合わせることもなく一瞬で終わった。けれど翔悟はドキドキという胸の高鳴りが収まらない。

横から高橋が顔を出す。

「本物の翠雨ちゃん、可愛いねえ」

特徴的な薄い色と緩い天然パーマの二つ結びが、耳の下でぽよんと跳ねる。

「高橋さん、僕、本当に翠雨のこと好きだ」

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