第14話 運命
翠雨が出て行き、香月が出て行った。
翠雨の分の食器には煮物以外の食事が綺麗に無くなっている。食器に米粒一つも残っていない。魚の骨も皮も、皿の端に綺麗に並べられている。
香月も負けず劣らず綺麗に食べ終えている。その食べ方は、まるで兄妹のようにそっくりだ。
咲子は顔が綻んだ。けれどすぐに、ここを出て行った時の二人を思い出して、君彦の方へ顔を向ける。
「香月君、大丈夫かしら。酷く動揺して見えたのだけれど」
問いかけに君彦は短く答える。
「世の中には、出会ってはいけない人間がいるもんさ。その代わり、出会わなければいけない人間もいる」
意味深な言葉に、凡人の咲子は首を傾げるしかない。
「あの二人はどちらだと思うのですか」
「俺にゃわからねえよ。でも、良くも悪くも、出会わなければいけなかった人間であることは、間違いねえんじゃねえか?」
咲子はもう一度、二人の残した食器を眺める。
「出会わなければならない、と言うことは良い出会い、と言う意味ではないの?」
君彦は朝刊の新聞を開いた。もう君彦には答えがわかっているように、咲子は感じていた。
「出会う、と言うのは神の決めた運命。運命とは、神がなにかしらの目的を持って与えるものだ。出来事全てを、運命と言う。出会いは、人との出会いだけを指すものじゃねえ。俺が今の研究に出会ったことも運命だと思ってる」
咲子にも少し、君彦が言わんとしていることがわかり始めた。
「けどな、全てを神が決めているとは思わねえ。神は飽くまできっかけを与えるに過ぎねえ。二人の出会いも神が決めたことだとしたら、二人の出会いになにか意味があるのだろうさ。けど、その神の期待に応えるだけの結果を残せるか、辿り着けるかは、二人にしかわからない」
咲子は納得して食器を盆に乗せる。
香月と翠雨の出会いは神がなにかの意図があって繋いだ縁。その縁を良縁とするか否かは二人次第。
二人が良縁とすることを祈って、咲子は心を込めて食器を洗うことにした。
咲子が食器と共に台所へ向かい、襖を閉める。それを新聞越しに見送って、君彦は香月の出て行った縁側を見やる。
「あの二人は、ただの縁とは思えねえな。前世は俺の分野じゃねえが、強い因縁を感じる。魂の片割れ、なんてことを研究していたよな敦、智枝さん」
今は亡き後輩を想い、君彦は呟く。
「俺がお前らの代わりにあいつらを見守ってやるよ。そうだなあ、あいつらが落ち着いた頃に、報告がてら墓参りでもするかぁ」
君彦と咲子に、子供はいない。しかし二人は危なっかしい香月と翠雨に、肉親のような情を抱いた。それは人に情を抱きやすい二人だ、というだけではない。必死に生きる香月と翠雨は、過ぎ去りし青春を感じさせた。精一杯に今を生きる若者は、それだけで人を惹きつける。
君彦は懐かしさに瞳を閉じた。
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