第8話 古都 ー隠世ー
初花の住まいは都から少し距離があった。初めに目指すのは古都と呼ばれる都だ。現世で言う京都に繋がる隠世の首都だ。
陰陽道で言えば、現世が陽で隠世が陰にあたる。それは現世と隠世が鏡合わせの世界であるためだ。隠世は現世の影響を受けやすいのもそこに起因する。
「まずは阿弥陀如来様がどこへ向かわれたのか、古都で聞き込みをせなあかんね」
初花の住まいは決して山奥というわけではない。平原の真ん中に、ポツンと小屋があるのだ。開けているので見通しが良く、一本道があり、人の通りはそれなりにあるようだ。
初花の住まいから一周、見回してみる。ずっと奥に見える街が古都だという。高校時代に教科書で見た江戸の街のような雰囲気だ。耳を澄ますと祭囃子がうっすらと聞こえる。実際に古い街並みを見ることは初めてでワクワクとした落ち着かない気持ちだ。
「明日の昼頃には古都につくやろか」
初花は迷いなく一本道を進み出す。大きな風呂敷包みを抱えてフラフラとおぼつかない足取りでいるので、代わりに持とうと取り上げる。
初花は前屈みで歩いていたために、背中の重さがなくなって前に傾いた。翔悟はさっと腕を掴んだ。荷物を持ったことは余計だったか、と申し訳なくなる。
「すみません。重そうだったので僕が持とうと思ったのですが、余計なお世話でしたか」
初花は翔悟の腕を頼りに体勢を立て直す。鉢を被っていることもあり、バランスをとる様子は見ていて心配になる。
「ありがとうなぁ。ショウ君が気を利かせてくれるおかげで、私はずいぶん楽ができとるよ。迷惑なんてあらへん。その荷物、良かったら代わりに持っててくれる?」
「はい。僕で良ければ代わりに持つくらいお安い御用です」
初花が一瞬だけ息を呑む。空気が少しだけ和らいだような、それでいて少し寂しい気がするような。矛盾した雰囲気が妙に心をざわつかせる。
「私の大事な人は、こんなふうに私を労っても優しくしてもくれんかったような気がするわ。でも、そんなあの人が私は、本当に、大好きやったんやなあ」
大事な人の記憶がないという彼女は、それでも未だにその人に囚われている。
「僕も妖怪になってしまったら、あなたのように大事な人を忘れてしまうのでしょうか」
それは嫌だな、と翔悟は思った。翠雨の姿、声、視線。彼女への想い。どれも失いたくない大切な宝物だ。たとえその想いが彼女に届かなくても、受け入れてもらえなくても。
翔悟の言葉は、初花へ問いかけているようでいて、独り言のような小さな呟きだった。
初花も答えることはしない。その答えは初花にもわからないことだった。けれど答える代わりに、初花は翔悟の背を叩く。
「できることはちゃんとあるんやから、しゃんとせなあかんよ。その子に会うんやろ?」
二人で並んで歩く。微妙な間隔は二人の言い表せない関係性を物語っているようだった。翔悟と初花は不思議な関係だった。ただの知り合いと言うには親しみがあり、友達と言うには利害関係の要素が強かった。
「僕達は、どういう関係と言えるでしょうか」
ふと一本道をひたすら歩いていた翔悟が言った。ただただ真っ直ぐ歩くだけの道中、共通の話題はあまりに重い内容で、プライベートな話だ。けれど妖怪と人間。人になりたいという話以外に話題など思いつかないのも仕方がない。
過去、初花が人間として生きていた頃の話は、言いたくない内容があるかもしれない。当たり障りのない人間だった頃の話を聞いても、時代が違えば価値観も違う。盛り上がる気もしなかった。
翔悟は元々、気を遣う人間である。翠雨に関しては、嫌なことは嫌と表すし、大体は表情を見ると好き嫌いもわかった。
初花は嫌な話題はやんわりとかわしてくれたら良いが、これからどれだけの時間を共に過ごすかわからない。変な感情を持った関係になることは避けたい。
そして思いついた話題が、関係性である。ここから掘り下げることも難しくはない話題選びだったと、翔悟は自負している。
初花はこてん、と小首を傾げる。
「関係かいな。そうやねえ、理解者ゆうのはどやろか? 少し違う?」
手のひらを合わせて初花は翔悟を見上げた。
「私らはお互いのことはまだよう知らへん。でも、目的とか行動理由は同じやろ? 行動原理が同じで、考えてることも似てるのは、もう理解者ゆうてええんちゃうかと思ったんやけど。まあ、私がもっとショウ君の話を聞いて理解したいと思うてるのもあるんやけどな」
鉢の上から頬を掻く。翔悟も初花の話を聞きたいことは確かだ。
「そうですね。僕も初花さんの話を聞きたいです」
「ほんま!」
そこからはまず、お互いの生きた時代について話した。
彼女の生きた時代は、平安時代末期頃と推測された。
「あれからもう千年も経つんやね。どのくらい長いかはようわからへんけど」
初花自身は千年の規模が大きすぎてポカンとしている。けれど、自分の生きた世界から千年先の未来に好奇心が湧いたことは、声の明るさでわかった。
「当時、移動手段はどのようなものでしたか?」
初花は身を乗り出す。
「お貴族様は牛車やけど、私みたいなもんはみんな歩いとったで。なに、牛車に誰でも乗れるようなったんか?」
翔悟は頭をひねる。どう説明するとわかりやすいか。
「もっと速くてみんな乗れる乗り物ができたんですよ。動物は使わないで動くんです」
「動物使わへんと動くことがあるんかいな! 風とかで動くん?」
「科学の技術で凄く速く動くんですよ。車って言うんですけど、古都から都まで半日もかからないんですよ。お金のかかるもっと速い乗り物だとあっという間に着きますよ」
二人は便利になった世の中の話をしながら、日が沈むまで古都を目指した。
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