第6話 八尾比丘尼
滋賀県のハルヒ町には、とある妖怪の言い伝えがある。
滋賀県に、妖怪。
日本民話に深く携わる人物なら、思い当たる人もいるだろう。
八尾比丘尼伝説、人魚だ。
人魚は日本中、世界中にその名を轟かせる妖怪だ。女性の人魚はマーメイド。男性の人魚はマーマンと呼ばれる。
今は、ジュゴンが人魚の正体だという説が有力だが、香月は無理がある話だと思っている。もちろん、人魚が実在すると妄信的になっているわけではない。現実的に見間違えるかどうか、と言う話だ。
そして滋賀県にまつわる人魚伝説を知った時もジュゴンと同じくらい無理があると思った。なぜなら滋賀県には海が無いというのに、人魚がいたとは思えなかったのだ。
調べた結果、遠い昔には滋賀県にも海があったという、実に簡単な話だった。
その後、陸が上がったのか水位が下がったのか。海は遠くへ行き、今の滋賀県が出来上がったのだ。
電車からバスへ乗り換えてしばらく。住宅がポツポツとあるだけの田舎町に入った。山を越え、畑や田んぼばかりの道を行く。日用品をどこから手に入れているのかわからないほどの田舎道で、ようやく目を覚ました翠雨に声をかけた。
「滋賀県に人魚がいたのは過去の話だ。今、滋賀県へ行っても人魚には会えないんじゃないのか?」
ろくに眠れていなかった様子の翠雨だが、今日初めて会った時と比べるとかなり顔色が良くなった気がする。
人魚伝説を追う理由は、人魚の肉を食べること。人魚の肉を食べて不老不死になる、つまり人ではなくなる。それが狙いだとはわかる。けれど、それも人魚に出会い、人魚の肉をもらうことが必要だ。それは、普通に妖怪を捜すこととほぼ変わらないどころか、もっと大変な計画だ。さらに言えば、今は滋賀県に海はない。
「滋賀県に人魚がいる可能性は過去と比べて低い。先輩はそう言いたいのですよね。……知識不足も甚だしい」
「それが君の無謀な計画に付き合ってくれる優しい先輩への態度かな」
眉間に力が入り、口角だけでも上げて冷静さを保つ。しかし翠雨は香月の顔を見ようともしない。涼しい顔で滋賀県の地図を見ている。
香月は翠雨への怒りは持つだけ無駄だと判断し、深呼吸で感情を体内から出すことに集中した。
「人魚は海にいる。人魚イコール海、という先入観は捨ててください。日本には海以外での人魚伝説もあるのです。聖徳太子の話は知りませんか?」
「知らないね。どんな話?」
「スマホで調べてください」
翠雨の発言は、彼女が周りから嫌煙されている理由として、充分に納得できるものだ。
香月は文句を言うことを諦めた。黙ってスマホの検索アプリを使い、聖徳太子と人魚伝説を検索した。
「聖徳太子は琵琶湖で人魚に出会い、前世の悪行を理由に人魚に変えられた、と」
「人魚は琵琶湖にもいたのですよ。と言うことは湖自体に人魚が住んでいた可能性もあると言うことです」
香月としては納得のいく話ではなかった。多少無理があるが、無いと言い切るには情報が足りない。自分は翠雨について来た身であることも考えれば、否定する権利はない。それに加え、滋賀県で人魚伝説について調べることも楽しそうだ。資料館などはあるのだろうか、と胸を踊らせる。
少し遠くに、小さな村が見えてきた。
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