第5話 瑠璃色の記憶

 日本、紀伊半島南端の漁村。

 波が岩を打ち、瑠璃色の海がゆるやかに光を反射している。

 その静寂に包まれた防波堤に、ひとりの男が座っていた。

 彼の背中には、まだ焼け焦げた装甲片が残っていた。


 秀海は、沈む夕日を見つめていた。

 海の色は、どこか“彼女”の瞳に似ていた――。


「……お前、外国の人か?」

 小さな声が背後から届いた。


 振り向くと、白いワンピースを着た少女が立っていた。

 髪に赤いリボン、手にはスケッチブック。

 彼女は恐れる様子もなく、秀海に近づいてきた。


「おじさん、ロボットなんでしょ?」


「……その通りだ」


「でも、さっき魚にエサあげてたよね。ロボットってそういうこと、しないと思ってた」



少女の無邪気な観察に、秀海は初めてわずかに口角を動かした。

笑った、と呼べるほど微細な感情。


「この海の色、綺麗でしょ。瑠璃色っていうんだよ。私のお母さんの好きな色。」


「瑠璃色……?」


「うん。なんかね、見てると悲しいこととか、忘れられる気がするの」


 秀海の脳内、AIが警告を鳴らす。

 上空を飛ぶドローンのスキャン反応。


「……避難しろ。すぐに、ここは戦場になる」


「え……?」


 そのとき、港の上空に黒い影が現れた。

 中国製ステルスドローン、その腹部から無人機が次々と射出される。


「対象発見。ダミーネーター型No.06、殲滅を開始する」


 少女の体を庇い、秀海が立ち上がる。

 右腕が変形し、かつてのトンファーバトンが現れる。


「俺は……“生きて”帰らねばならない」


 その言葉は、戦闘用プログラムではなく、記憶から発せられたものだった。


——かつて林博士が語った言葉。

「秀海、お前は人間を滅ぼす兵器じゃない。“瑠璃色の空”を見て、何かを思えるようになったら……その時は、自分で生き方を選べ」


 空から降る弾雨。

 波がはじけ、瑠璃色の海が紅に染まり始める。


 だが秀海は、少女を抱えて跳躍する。

 避け、受け流し、反撃する。

 彼のバトンが描く軌跡は、まるで舞うような型だった。


 それは、林博士がかつて娘に教えていた、護身の「瑠璃流武術」そのものだった。


 「……俺は、何者だ?」


 記憶が疼く。瑠璃色の空が、彼を呼んでいる。



---


つづく。


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