第8章

 その後、藤木はますます自分の問いに向き合うようになった。日々の生活の中で、他人の言葉や行動に対して前よりも深く考えを巡らせるようになった。小山との会話がきっかけとなり、藤木は「自由意志」について考え続け、どこかでその問いに対する答えを見つけなければならないと感じていた。


 ある晴れた午後、藤木は再びカフェに足を運んだ。外の光が窓を透過し、店内に柔らかな影を落としている。藤木はいつものように窓際の席に座り、カップを手に取りながら、ぼんやりと周りの人々を眺めていた。彼女は一つひとつの表情を観察し、それがその人の内面をどのように映し出しているのかを考えた。誰もが、どこかで自分と同じように、思考の中で問いを抱えているのだろうか。


 その時、カフェの扉が開く音がした。藤木は顔を上げ、そこに現れた人物に目を止めた。彼女は思わず息を呑んだ。そこにいたのは、吉田だった。


 「藤木さん、ここにいたんですね。」

 吉田は少し驚いた様子で藤木に声をかけた。藤木は無意識に微笑んだが、その背後にひっかかる感情があった。それは、言葉にしきれない思いだった。


 「吉田さん、こんなところで会うなんて。」

 藤木は少し戸惑いながらも、席を立って彼を迎えた。吉田は自分の隣に座ると、何気ない口調で言った。


 「実は、今日は少し考えごとがあって、外に出てみたんです。」

 「そうなんですね。」

 藤木は微笑みながら答えたが、その言葉の裏には、吉田が何かを言いたいのではないかという予感があった。


 しばらく二人は無言で、カフェの静かな空間に包まれていた。しかし、やがて吉田が口を開いた。


 「藤木さん、最近どうしていますか?」

 その言葉には、どこか優しさが込められていた。藤木は少し考えた後、少しだけ自分の気持ちを話すことに決めた。


 「最近、いろいろ考えることが多くて。自分が本当にどうしたいのか、何を求めているのかがわからなくて。」

 その言葉を口にした途端、藤木は心の中で少しだけ軽くなるのを感じた。自分の中にある答えが、少しずつ外に出てきたような気がした。


 吉田は黙って藤木の話を聞きながら、時折うなずいていた。その反応に、藤木は少し安心した。吉田は、彼女の言葉を無理に解釈することなく、ただ受け入れてくれるような存在だった。


 「分かりますよ。僕も、同じように考えている時期がありました。」

 吉田は静かに続けた。「でも、考えすぎると、逆に動けなくなってしまうこともあるんですよね。だから、時には、自分の直感に従ってみることも大切だと思います。」

 藤木はその言葉を聞いて、少しだけ考え込んだ。直感。それは、どこかで彼女が避けていた部分でもあった。常に理屈で物事を捉え、合理的に考えようとする自分が、逆に一歩を踏み出すことを躊躇させていたのかもしれない。


 「でも、直感に頼ることが怖いんです。」

 藤木が言うと、吉田は微笑んだ。

 「怖いですか?でも、実は僕たちが一番怖れているのは、自分の直感を信じられないことかもしれませんよ。」

 その言葉は、藤木の心に何かしらの震えを与えた。もしかしたら、答えは既に自分の中にあるのかもしれない。しかし、それを信じることができなかった自分が、長い間答えを探し続けていたのだ。


 「自分の直感を信じる…」

 藤木は小さく呟いた。吉田はその言葉を繰り返すように聞いてから、ゆっくりと頷いた。


 「そう。考えすぎると、どうしても身動きが取れなくなりますよね。だからこそ、時には思い切って、感じるままに動いてみることも大切だと思うんです。」

 その言葉が、藤木にとって何かしらの解放のように感じられた。彼女は、深く息を吐き出し、ふと心の中に湧き上がるものに気づいた。


 ――もしかしたら、答えはこれからの「選択」によって見えてくるのかもしれない。


 その日、藤木はカフェでの会話を胸に、自分の中で少しだけ変化を感じながら帰路についた。答えを焦らずに、日々の中で少しずつ見つけていく。そのことが、何よりも大切なのだと感じた。


 そして、彼女はそのまま自分の部屋に戻り、ノートを取り出した。そこに、ひとつの問いを書き込んだ。

 「もしも、今が一番自由な瞬間だとしたら、私はどう動くべきだろうか。」

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