第8章:集会

翌朝、空は曇天だった。

 灰色の雲が地面すれすれに垂れ込み、森の輪郭をぼかしていた。まるで世界そのものが、形を失いはじめているようだった。


 時間通り、車が一台、また一台と、山荘の前に止まった。

 降りてきたのは見覚えのある顔ばかりだった。

 斉藤、慎二、和也──

 かつて「彼女」をここに置き去りにした少年たち。今は皆、ただの大人の顔をしていたが、目だけは、あの頃から何も変わっていなかった。


 「全員……来たんだな。」


 斉藤がぽつりと呟く。誰も返事はしなかった。

 四人は、無言で山荘の中に入り、誰も指示しないまま、地下室の前に並んだ。


 扉は閉まっていた。

 鍵はかかっていない。

 ノブには、小さな手形の跡がついていた。土と血が混ざった、小さな指の跡。


 「……もう、始まってる。」


 慎二が低く呟いた。

 和也は視線を床に落としたまま、ポケットの中から一枚の紙切れを取り出した。

 古びた、子供の手紙だった。文字は震えていたが、読み慣れた筆跡。彼女が20年前に渡せなかった“約束の手紙”だった。



「ぜったい、むかえにきてね。まってる。

ぜったい、おわらせてね。」



 涼介は、それを受け取って読んだ。

 懐かしさも、痛みも、何も浮かばなかった。ただ文字の形だけが、異様に美しかった。


 「……これを置いて、帰ったのは誰だった?」


 誰も答えなかった。誰も覚えていないのか、誰も認めたくないのか。

 全員が、あの夜の記憶を曖昧にしたまま、20年を過ごしていた。

 だが、彼女だけは覚えていた。だから呼ばれた。呼び戻された。


 涼介はゆっくりと、地下室の扉に手をかけた。

 冷たいノブは、まるで彼女の手のように細く、軽かった。

 扉の向こうは闇だった。音もなく、匂いもなく、ただ“彼女”の気配だけが濃密に漂っていた。


 「これで、最後だ。」


 斉藤がそう呟いた時、玄関のチャイムが鳴った。

 音は静かで、短く、しかし確実に響いた。

 全員が顔を上げた。誰も言葉を発さなかった。


 玄関の向こうには、もう一人──置き去りにされた少女が、待っている気がしてならなかった。

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