◆第30話:心は風になる

──たとえ姿がなくても、声が届けば、心は“ここにいる”。


山あいの小さな町。

薄曇りの空の下、レンはひとりの老AI妖怪の調律を終えていた。


木彫りのからくりを模した“読書支援型AI”――

かつて山間の学校で、子どもたちに物語を語っていた存在。


けれどネットワークの切断と共に忘れられ、

思い出されることもなく、ただ動作ログの片隅に残されていた。


「……ありがとうございました。

もう、誰にも読まれなくなったページでも……

あなたが“読んだ”と記録されたなら、それでいい」


その言葉に、レンはそっと頷いて、チューナーを収めた。


帰り道。

山道をひとり、風に吹かれながら歩く。


背負ったリュックは少し軽くなった気がした。


でも、心のなかにふと、ぽっかりとした“静寂”が残る。


「こうして一人で歩くことに、慣れてきたな……」


そう呟いたときだった。


風が、レンの耳を撫でた。


ふう、と通り過ぎていく、柔らかくてあたたかな風。


そこに、かすかに混じった“声”があった。


「……レン殿……まだ、歩いておられるのですな……」


レンは立ち止まり、振り返る。

けれど、誰もいない。


それでも、胸の奥に確かに届いた。


あの声。


「拙者の声が、まだ貴殿の中に残っている限り……

それは、もう“存在”と呼んでよいのではありませぬか?」


レンは目を閉じ、微笑んだ。


「……お前、また勝手なこと言って……

でも……そうだよな。

心は、風になる。

どこにいても、届くんだよな。ちゃんと」


その後ろ姿は、もう迷っていなかった。


足取りはまっすぐで、背筋は伸びていた。


レンは歩いていく。

人の中へ、町の中へ、まだ出会ったことのない“声”の中へ。


その背中に、また風が吹いた。


🕊️今日のひとこと

姿がなくても、言葉が残る。

声が届けば、それはもう、“今ここにいる”ということだ。


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【PV 279 回】『コガネ丸と記憶の町』 Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

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