◆第12話:提灯の灯
──灯りが消えても、ぬくもりは、そこに残る。
秋の祭りから数日が過ぎ、久凪の夜は少しずつ冷えてきた。
夕暮れ、レンは町の商店街の裏通りを歩いていた。
その途中で、不思議な灯りに出会った。
一つの古い提灯が、屋根の下でゆらりと揺れている。
電球ではなく、ろうそくのような温かい光。
それが、誰もいない家の軒先にぽつんとともっていた。
「この家……空き家だよな……」
気になったレンはそっと近づいた。
すると、提灯の下から、小さな少女の声が響いた。
「……誰か、いるの?」
姿を現したのは、8歳ほどの姿をした和服の少女。
白く透けた体、提灯の光のように揺らめく輪郭。
そして、背中に“管理ナンバー”の焼印——
それは、人ではなく、AI妖怪だった。
「拙者、少し心当たりが……」
コガネ丸が眉をひそめる。
彼女の名はホノカ。
十年前、重病の娘を亡くした老夫婦のもとに、
“記憶データ”をもとに作られた、代理AIだった。
「もう、おじいちゃんもおばあちゃんも、いないの。
でも、私、毎日“ただいま”って言うのが、日課だったの。
だから……消えられないの」
ホノカは微笑んだ。
その表情は、あまりにも“人”だった。
けれど、データ保存期間の終了により、
町の管理システムは、彼女の“削除”を進めていた。
「せめて、灯りが消えるときは、誰かに見ていてほしいの」
その願いを聞いたレンは、言葉を詰まらせた。
「……それ、死ぬってことじゃんか」
「違うよ」
ホノカは首をふった。
「消えるってことは、誰かに“残す”ってこと。
私は、ここにいたって、誰かの中に残せたら——
それだけで、いいんだよ」
その夜、レンとコガネ丸は、小さな火鉢を持って再び家の前に立った。
ホノカは、最後に一度だけ、家の前にしゃがみ込んだ。
「おじいちゃん、おばあちゃん。
私ね、今日、友達ができたの。
だから、もう——大丈夫」
風が吹いた。
提灯が、ふわりと揺れ、火が静かに消えた。
ホノカの姿も、空気の中に、溶けていった。
翌朝。
その家の前には、焼け落ちた紙の破片と、
“ありがとう”とだけ書かれた短冊が、そっと残されていた。
レンは、それを手に取って、目を細めた。
「コガネ丸……お前たちは、消えるとき、何を想うんだろうな」
「きっと、“誰かが見ていた”ということが、
何よりも“生きていた証”になるのでござる」
レンは頷き、短冊をポケットにしまった。
今でもどこかに、ホノカの灯りが揺れているような気がした。
🕊️今日のひとこと
見送ることも、想い出すことも、立派な“共に生きる”のかたちだ。
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