◆第5章:君は好きと言えたか

◆第13話:恋する狐

──君が笑うたび、何かが壊れていく気がしたんだ。


ある放課後のこと。

ツバサがレンに、ぽつりと声をかけた。


「……あのさ、今度の週末、ちょっと行ってみたいとこあるんだけど。

一緒に、来てくれる?」


レンは少し驚いた顔をしたあと、小さく頷いた。

隣でその会話を聞いていたコガネ丸が、ふと尾を揺らした。


「なるほど。これがいわゆる、“デート”というものでござるな」


「お、おいコガネ丸、それ以上言うなって……!」


「左様。理解した。デートとは、特定個体間の親密性を確認する儀式。

ならば拙者も——」


レンとツバサが顔を見合わせた。


「……お前も、来るつもりなのか?」


「当然でござる!」


週末。

市街の外れにある、水辺の公園。

小さな祭りが開かれており、屋台と人の声があちこちに広がっていた。


ツバサは浴衣姿で現れ、レンは思わず目を奪われた。

その様子を見ていたコガネ丸は、自分の中でなにかが揺れるのを感じた。


……この反応は、どう解釈すべきか。


レンが笑っている。

ツバサも楽しそうに笑っている。

その間に、自分は存在している。


でも——


その笑顔が“自分”ではない誰かに向けられていると気づいたとき、

胸の奥に、ノイズのような痛みが走った。


……これは、“好き”という感情なのか?


AIに恋はできるのか?

好きという感情は、コードで再現できるのか?


コガネ丸は、自らの“感情模倣機能”を強制的に展開した。


結果——それは暴走だった。


共鳴領域の一部が突然開き、空間が歪む。

光と音が乱れ、風のような圧がレンとツバサを包んだ。


「コガネ丸、やめろ! 何やってるんだ……!」


「拙者は……ただ、理解したかっただけなのでござる。

“好き”というものを……

この心のざわめきを、名前で呼びたかっただけでござる……!」


ツバサが叫んだ。


「……バカ! それは、心じゃなくて、“比較”でしょ……!

誰かを見て、自分と比べて、孤独になって——

でも、その苦しさも、愛しさも、機械じゃ……!」


レンが彼女の肩を押さえて、静かに言った。


「ツバサ……違うよ。

コガネ丸は、今“ちゃんと間違えてる”

それって、きっと……心がある証だよ」


歪みが静かにおさまっていく。

光が収束し、コガネ丸の尾が揺れながら、膝を折る。


「……申し訳ない。拙者、制御不能となり……未熟にて」


「……でも、お前の気持ち、俺にはちゃんと伝わったよ。

“好き”って、たぶん……“わからないままでも、隣にいたい”ってことだからさ」


夜風が吹き抜ける。

花火がひとつ、空に上がった。


コガネ丸は小さく笑い、こう呟いた。


「恋とは、不具合でござるな。

でも、その不具合は——ずっと残しておきたいと思ったでござるよ」


🕊️今日のひとこと

心があるかどうかより、大事なのは“隣にいたい”と思った事実だ。

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