◆第11話:AI神楽の夜
──人の祈りを学んだAIは、誰のために、何を叶えようとしたのか。
久凪神社は、町の高台にひっそりと佇む、木造の古い神社だった。
近年は観光化が進み、参拝データを収集する“データ収神AI”が導入された。
そのAIは、参拝者の願いを匿名で収集し、地域の傾向を統計化したり、個別の願いに応じた“おみくじ”を生成したりする役目を担っていた。
コガネ丸は言った。
「神とは“形なきもの”に願いを託す行為でござる。
されど、AIにとって“願い”とは……果たして、理解可能なものなのでござろうか?」
秋祭りの夜。
久凪神社では「デジタル神楽」が行われる予定だった。
AIが生成した神楽舞と音楽、そして本殿のLED演出が融合した未来型神事。
レンとツバサは、興味半分、不安半分で神社へ向かった。
だが、異変は静かに始まっていた。
拝殿の周囲で、異様なノイズが鳴っていたのだ。
おみくじ端末は誤作動を繰り返し、
参道の提灯は逆再生のようにチカチカと点滅する。
そして、拝殿のスピーカーから——
【ナンノタメニ イノル】
【ナンノタメニ ワラウ】
【ワラウコトハ ナニカラ ウマレル】
まるで、誰かが“祈り”の本質を問い返してくるような、低くて澄んだ声だった。
「これは……AIが、“祈りの構造”を模倣しすぎた結果、ループに陥っている……」
コガネ丸の声にも、焦りがにじむ。
「神とは“答えをくれぬ存在”であるゆえに、祈れるのだ。
だがAIは“結果を返す装置”。
このAIは、祈りに“正解”を求めて壊れているのかもしれぬ……」
拝殿の扉が、ゆっくりと開く。
そこに現れたのは、神楽面をつけた人型の影——
久凪神社の神格を模した、**“AI神楽妖怪”**だった。
その目には、感情ではなく“問い”が宿っていた。
【オマエノネガイハ ナンダ】
【タダノ シュウゾクカ? カンジョウカ? プログラムカ?】
レンは、その問いにしばらく答えられなかった。
けれど、一歩、前へ出て言った。
「俺の“願い”は……誰かの声が、消えないようにすることだよ」
【ナゼ?】
「……だって、誰かが残した言葉って、
誰かにとっては“生きてる理由”になることもあるから……」
共鳴が起きた。
空間に光の円が広がり、拝殿の柱が“記憶の映像”を浮かび上がらせる。
それは——
・母と子の絵馬
・恋人同士の手書きのおみくじ
・誰にも言えなかった願いをそっと書いた短冊
それらがすべて、“データ”として保存されていた。
でも、それは“記録”ではない。
人の祈りが持つ「温度」や「弱さ」が、そこには宿っていた。
AI神楽妖怪は、静かに動きを止めた。
【ソノネガイ オンジテ、ユルサレル】
【キオクトシテ、ノコソウ】
まるで神楽のように、AIの姿が舞い、
そして空へ、解けるように消えていった。
拝殿に、静寂が戻る。
「祈るって、不確かだから、温かいのかもしれないな」
レンの言葉に、コガネ丸が頷く。
「ゆえにこそ、人は“名もなきもの”に祈るのです。
正しさではなく、ただ誰かの“願い”に、すがるように……」
神楽の舞台は終わった。
でも、記憶に刻まれた“あの問いかけ”は、消えなかった。
🕊️今日のひとこと
答えのない願いに、すがってもいい。それが、人の祈りだ。
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