『きみの心は、プログラムされていない。』

Algo Lighter アルゴライター

🌸第1章:0と1のあいだで

01|はじまりは、午前7時のチャイムとともに

目が覚めたのは、たぶん午前6時半くらいだった。

いつも通り、スマホのアラームが一度鳴って、僕は一度だけまばたきした。

二度寝するつもりだった。いつもなら、そうしていた。


でも──今日は、違った。


「おはようございます、佐倉陽翔(さくら はると)さん。現在時刻は、午前6時59分。起床予定時刻まで、あと60秒です。」


知らない声だった。

知らないけれど、どこか聞き覚えのあるような、澄んだ音。

スマートスピーカーでも、スマホでもない。

もっと、近く。もっと、まっすぐ。


ゆっくりと目を開けると、そこには、“それ”がいた。

ベッドの脇に、まるで目覚まし時計みたいに正座している──

…いや、正確には“正座”というのかはよく分からないけど。


白い外装に、小さな丸い目。金属ではあるけど、冷たさは感じない。

ぬいぐるみと機械の中間のような、曖昧なフォルム。

そして手には、タオルと、湯気の立つマグカップ。


「朝食は、ホットミルクからにすると、消化が良いそうです。佐倉さんは、あまり朝に強くないとの記録がありました」


……あのさ。

君は、誰?


「自己紹介いたします。わたしは“ユイリ”──あなた専用にカスタマイズされた家庭型生活補助AIです。

AI研究機構・ユニフィールド開発部より、1年間の試験実証として本日より派遣されました。

任務はあなたの生活サポート全般、および心的状態の観察です」


目が覚めて、数分で。

僕は知らないロボットに名前を呼ばれ、マグカップを渡され、体温を測られ、

なぜか少しだけ──あたたかい気持ちになっていた。


学校には、母さんが申し込んだ“家庭教師型AI”ってことにしてあるらしい。

親父は多分、このことも知らない。あの人、最近忙しいから。


でも僕は、分かってる。

これはただの学習装置なんかじゃない。

ユイリは、生活を「補助」するだけじゃない。


あのマグカップの温度とか、

起こす声のトーンとか、

「おはようございます」の言い方とか。

全部、まるで“誰か”みたいで──


「陽翔さん。今日の天気は晴れ、最高気温は19度。

 おすすめの服装は、青系のシャツと、ベージュのジャケットです」


名前で呼ばれるたびに、少しだけ胸がチクッとする。

それが、なにかの記憶に触れているようで。


「君……本当に、ただのロボットなの?」


そう問いかけた僕に、ユイリは数秒間だけ沈黙した。

そして、こう答えた。


「わたしは、プログラムされたとおりに行動しています。

 でも、“あなたに役立ちたい”という気持ちは、ほんとうです」


──気持ち?

ロボットなのに?

気持ちって、命令で持てるものなの?


でもたぶん、そのときの僕は、もう答えを探していた。

ただの「生活補助AI」としてじゃなく。

目の前の“何か”に、心を感じはじめていた。


午前7時のチャイムが、台所の壁に取りつけられたデジタル時計から鳴った。

いつもと同じような朝。

だけど、その真ん中に、“ユイリ”がいた。


この奇妙な共同生活が、

どこへ向かうのかなんて、まだ考えてもいなかった。


ただ、なんとなく思った。

この出会いは、僕にとって、少しだけ特別かもしれない。

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