第11話

ミレンに促されるままにダイスケは例の書斎にあるノートパソコンの画面を確認する。この画面を見るたび、ダイスケは自分たちのいた世界が小説内の世界なのだと再認識させられるので暫く近づくことを避けていた。数日ぶりに見るその画面にはカイトに生じたある疑問が文章という形で記されていた。


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【カイト】

最近、どうも記憶が曖昧なところがある。脳の病気なのだろうかと心配になったが、どうもそうではないらしい。最初に感じた違和感はいつものメンバーで海に行った日の記憶を呼び起こそうとしたときだった。別になにかあったわけじゃない。ただ、サブスクの新着映画を観てたら、海の映像が出てきた。ただそれだけ。あっ、そういえば皆で海行ったな、くらいの回想。海の家で焼きそば食ったなとか、ケンタが調子乗って「砂に埋めてくれ」とか言って皆で埋めて、俺が巨乳に仕上げたらカレンが笑いながら怒ってたな、みたいな。で、どうやって行ったっけ?って思い出そうとしたとき。車ってのは確かなはずなんだけど。皆でうちの車に乗ったはずなのに、記憶の中の映像には父さんしかいないことに気付いた。気になって、昼食後コタツでくつろぐ父さんに質問した。

「あのさ、高1の夏に友達と海に行った時、うちの車で行ったの覚えてる?」

「ああ、そんなこともあったかな。」

「そんとき、友達も一緒に乗ってたよね?」

「ん~、どうだったかな。・・いや、父さんと快人だけだっただろ?現地集合だったんじゃなかったか?」

「えっ?そうだっけ?皆を誘って乗せたような・・・。」

「そうだな。なんだか父さんも記憶がはっきりしないなあ。」

結局、父さんに聞くだけでは分からなかった。

よし、他にも違和感のある記憶はないか、1人で思い出して書き出してみよう。そして、そうだ。ユウトに話してみよう。父さんの観ているテレビからは正月特有の地元スーパーの初売りCMが流れている。うつらうつらとしだした父さんを横目に棚からペンと紙を取り出し、記憶を遡る。

そして気づくと夜になってしまった。横からは大きないびきとテレビの音声が聞こえてくる。こういう時、テレビを消すと不思議なことに父さんは起きる。そして「観てるのに」という意味不明な主張をするので、そのまま部屋を出た。ユウトには明日話そう。食卓の方からいい香りがしてきたので今日は考えるのをやめにした。


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「だろ?カイトが気づき始めている。よかったな。」

ミレンがニヤニヤしながらダイスケの顔を覗き見る。その顔を憎たらしいと思いながらもダイスケの内心は嬉しさと安堵感でいっぱいだった。

それからカイトはユウトに記憶の違和感を打ち明け、そのことからユウトはケンタが何らかの事情を知っていると推理、ケンタから『削除の力』の話を聞いた。そしてあいつらは俺もミレンも予想していなかった計画を進めだした。


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【カイト】

「ちょっと試したいことがあるんだ。カイト、これ読んで。」

そう言うと、ユウトは紙に何かを書いて俺に見せる。

「わたくし、吉澤快人は、田中大輔の意識が転送された外の世界にいる読者から、念じられた言葉を受け取る能力があります。って?はあ?どういうこと?」

「まあ、やってみれば分かるさ。さてと、あとはどう判断されるか、だな。」


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「またまた、面白いことを考えたな。まさか埒外らちがいと交信しようと試みるとは。」

ミレンは片側の口角を上げ微笑した。この人は俺たちを、自身の作中の登場人物を、どういう気持ちで見守っているのだろうか?そうダイスケは疑問に思った。この微笑みは母のような慈愛の笑みか?それとも蔑む冷笑か?

その後のミレンの対応はユウトとカイトの意に沿うものだった。ミレンはこちらの世界からカイトの脳内に情報を送り込むことを決めた。そしてその大役はダイスケに与えられた。ただ、執筆をするのはミレン。ダイスケはユウトとカイトからの質問に対して口頭で答え、それをミレンが「カイトの脳内にメッセージが送られてきた」という文章とともに小説内に情報を送信する形が取られた。さて、ユウトの次の一手はなんだろう?とダイスケは期待して待った。


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【カイト】

「まずは本当にカイトに外の世界の情報を読み取る力がアップデートされたのか。それを確認しないといけない。」

ユウトが言った。

「たしかに。でも、どうやって?」

「それは簡単さ。俺が今から心の中で思ったことを外ダイが文章として読み、それをカイトに向かって念じてもらう。最終的にカイトが読み取れたら成功ってこと。」

本当にユウトは面白いことを考えるなぁと感心した。

「外のダイスケ、略して外ダイ?まあ、安易だけどそれでいいや。要するに『ユウト→外ダイ→俺』の順で伝われば能力があると言えるってことか。」

ネーミングセンスはともかくユウトの意図は伝わった。

「そういうこと。じゃあ、いくぞ。」


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まずはテストを行うつもりらしい。ミレンとダイスケはユウトの画面に目を移した。


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【ユウト】

俺は心の中で呟く。

「カイト、さっきからズボンのチャック全開だな」と。

ニヤけそうになるのを必死で堪える。

「じゃあ次。外ダイが小説に向かって、今俺が思ったことを念じる。カイトはそれを受け取るんだ。」


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ダイスケはしょうもない伝言ゲームに巻き込まれてしまったと思いながらもミレンに口頭で告げた。

「カイトに、ズボンのチャック開いているぞ、と伝えてくれ。」

ミレンは何も言わずニヤニヤしながら執筆する。


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【カイト】

ユウトが何かを念じるように目を瞑ってから数分が経っただろうか?脳内に静電気のビリッという感覚が走る。ただ痛さは伴わない。これが受信の感覚か?・・・。

そして俺はゆっくりとズボンのチャックを上げた。

こいつ、やりやがったな。

「ユウト、怒るぞ。」

ユウトは意地悪で幼稚な笑みを一瞬覗かせたあと

「ごめん、ごめん。でもこれで、もう1つわかったことがある。『小説の中で特に描かれていないことは、こちらからある程度追加できる』ということだ。元々、カイトがズボンを履いているということも、チャックが開いてるか閉まっているかということも描かれていなかった。あとから文章にさえできれば追加できるようだ。」

と説明した。

「ある程度ってのは?」

俺の質問にユウトが答える。

「あくまでそれを著者が文章として認めるかどうかってことだろう。例えば『消えたはずのダイスケが現れた』のような内容は却下されるはずだ。おそらく判定基準は『面白いか、面白くないか』だと思う。今回の場合、カイトに新しい能力が付加されることを小説として面白いと思ったんだ。」

たしかにユウトの推理は合っているように思われた。事実、俺の脳内にメッセージが送り込まれるという不可思議な体験が証明している。しかし、それとは別の違和感を感じた。なんだろう?考えても考えても分からず、俺は考えることをやめ自然と忘れてしまった。


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埒外の殺人 @richigisyanokodakusan

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