第10話
ダイスケは運ばれてきたレトルトのカレーライスを食べながらミレンに聞く。
「なあ、そのノートパソコンの映像だけど、さっきから真っ黒だぞ。」
すると、ミレンが「ちょっと!本にカレー飛ばさないでね」と注意しながら説明する。
「あくまで小説の登場人物それぞれの言動や思いが、ここには映し出される。それは所謂、実写映画のような映像ではなく、文章として現れるの。」
そう言うと、『ケンタ』と表示された画面に白い文字で文章がタイプされていく。
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【ケンタ】
昨日の老婆はいったいなんだったんだろう?俺はクリスマスの朝、目覚めて何気なくスマホのメッセージアプリを開く。いつもの仲間とはこのアプリでやり取りしている。ふと、昨日までのトーク画面を見ていると、そこにはあるはずの名前が無かった。まさかと思い、電話帳も確認する。やはり無い。過去のやり取りも履歴も写真も、ダイスケに関するものが全て消えていた。昨日の話は本当だったのか。信じられない。いや、信じたくないという一心で、俺はカイト・ユウト・ソウ・カレンを近所の公園に呼び出した。結局、全員が集まったのは正午頃になった。全員と言ってもダイスケはいない。なんとなくダイスケの名前を出さずに探りを入れてみる。
「えっ〜と、全員集まったかな?」
すると他のメンバーは何の違和感もないように「そうだな。で、飯でも行く?」と話を進めた。皆が俺を騙そうとしているのか?もう一度「これで全員だよな?」と聞いてみた。
「おい、ケンタ大丈夫か?」
「なんか昨日もカラオケ来なかったし。もしかして寂しかったのかな?」
「ねぇねぇ、寒いし早く行こ。」
やはり俺を騙そうとしているわけではなく、完全にダイスケの記憶が消えているようだ。
俺はその日の夕方、皆と別れ、家に帰った。母はまだ帰ってこない。1人になり、俺は膝から崩れ落ちた。
「俺は、なんてことをしてしまったんだ」
両手で顔を覆う。心の中で泣き叫ぶ。とてつもない罪悪感。そして、俺は自分が何とかしなくてはと考えた。そうだ。あの老婆を呼び出し、ダイスケを元に戻そう。それしか無いと思った。
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「これで分かったでしょ?あなたはお友達に裏切られたのよ。」
ミレンが意地悪に微笑みながら言う。
「そうか、ケンタが・・・。」
「かなりショックを受けているようね(笑)。」
「いや、ショックはないよ。ケンタに能力を与えたのはあんたって言ってたよな?ケンタの文章からは後悔と贖罪の気持ちが伝わってきた。老婆っていうのが、あんたとどういう関係かはしらんが、あんたがこうなるように仕組んだんだろ?」
「だからって裏切られた事実は変わらないわ。ただの強がりよ。」
「ふん。なんとでも言え。ところであんた、ケンタが呼んでるぞ。」
「なに、さっきから。あんた、あんたって。私には茅本ミレンって名前があるの。で、なに?ケンタが呼んでる?」
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【ケンタ】
俺はあの老婆をもう一度呼び出そうとした。あの老婆は「この世界は小説の中の世界」と言っていた。おそらく、あの老婆はこの小説世界の中ではただの登場人物ではなく、特別な存在。この世界を外から見られる、もしくは外から見ている人物の傀儡的存在。ならば呼び出せるはずだ。
母はまだ帰ってこない。今のうちにと思い、自分の部屋で
「おい、クソババァ!見てんだろ。楽しんでるんだろ。出て来い!話がある。」
と叫んだ。
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「本当に敬語とか礼儀とか知らないやつらだね。ちょっと今から、あっち行ってくるから邪魔しないでくれる。あっち行くって言っても、ここで集中して執筆するってことだから。あと、食後のデザートと紅茶の準備してるから、ドア出て廊下の向こうの部屋見てくれる。ポットあるから自分でお湯沸かしてね。」
そう言うとミレンは机に
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【ケンタ】
「誰がクソババァじゃ。それが人を呼ぶ態度か!」
老婆はかなり怒って出てきた。
「なあ、お願いがある。失礼な言い方をしたのは謝る。だから、ダイスケを元に戻してくれ。たのむ。」
「やっぱりお前は阿呆じゃ。この世界は小説。頼むって言われて元に戻して、めでたしめでたしって。何が面白いんじゃ?するわけないじゃろ。」
「もしかして、やらないんじゃなくて、できないんじゃ?」
「馬鹿にするな。この前も言ったじゃろ。著者の
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ダイスケは、ミレンが執筆を通して自分たちの世界に老婆として入り込みケンタと話すところを、画面に映し出される文字を通して確認した。
(やっぱり俺たちの世界は小説の中だったんだな)
そんな喪失感なのか虚無感なのか、よく分からない感情を抱きながら、空のカレー皿の乗ったお盆を持ち、デザートの待つ隣の部屋へ向かうのだった。
それから、小説内日時では数日が過ぎ、年が明けた。そんなある日、離れの和室にある布団で寝ていたダイスケは
(なんだ!)
ダイスケは寝ぼけて状況を理解できない。右手で枕周辺をまさぐる。薄ら目で確認する。脳の再起動が40%くらいまで達したところで思い出す。
(ん?目覚まし時計なんてセットしたっけ?)
そして脳の再起動が80%まで達したところで漸く、和室の障子戸の前に立つ人影に気付いた。ミレンだ。ミレンの手には未だジリジリと大音量で鳴り続ける目覚まし時計があった。
ミレンが何かを言っている。が、目覚まし時計の音で聞こえず、虚しく唇だけが動いている。何故こいつは目覚まし時計を止めないんだ?と思いながら、ジェスチャーも織り交ぜ「止めろ」と伝える。その頃には脳は完全に起動していた。そして、漸く目覚まし時計が止まった。ミレンの唇に合わせて、やっと声が届いてくる。
「おい、起きろ。面白い展開になったぞ。違和感に気付いたやつが現れた。」
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