第9話

転送されて来たダイスケは何が起こったのかわからないといった感じで回りをキョロキョロと見回すばかりだった。ここは単なる四畳ほどの狭い書斎であり、中央に古びた木製の机と椅子がある。入口の扉以外の部屋四面の壁全てが本棚になっており、子供の頃から読み漁った本がぎっしりと詰まり、そこだけでは収まりきらない本は平積みで部屋の床にも敷き詰められている。その残り僅かなスペースにダイスケは現れた。

「ここはどこだ?お前はだれだ?」

「これは、これは、びっくりドンキーね。そんなベタな一言目だとは。私の小説の中では認められないわよ。」

「小説?」

「そう。わたしはあなたのよ。」

「はあ?おばさん。冗談言うなよ。俺にはれっきとした血の繋がった両親がいる。」

「そうね。そういう意味では、あなたの両親の生みの親でもあるわ。」

「何言ってるか、わかんねぇ。」

「あなたと話してると、ケンタとのやり取りを思い出すわ。」

「ケンタ?あんた、ケンタを知ってるのか?」

「もちろん、知ってるわよ。だって私の書いた小説だもの。」

「なにが小説だ。俺たちは人間だ。あんたと話してると頭がおかしくなる。なんでもいいから元の場所に戻してくれ。」

「残念だけど、それはできない。・・そうだ。せっかく呼び出せたんだから色々話を聞かせてくれない?今後の執筆の参考になるわ。まず、そうね・・・。あなた、ソウのことが好きなのよね?」

「はぁ?てか、ソウのことまで知ってるのか。・・・たしかに、ソウは大切な友達だ。」

「好きってことね。ねぇねぇ、それは異性としてってこと?」

ミレンは椅子に前屈みに腰掛け、机の上に両肘をつき、両掌に顎を乗せるポーズで興味津々に聞く。

「なんかよく分かんねえけど、あんた楽しんでないか?」

「そりゃ恋話こいばなですもの。恋話は女子の大好物なのよ。それくらい知っておきなさい。で、で、異性としてよね?正直に言いなさい。じゃないと、元の世界に戻る方法教えないわよ。」

「わかった。じゃあ、あんたの質問に答えたら、元の世界に戻してくれるんだな。絶対だぞ。」

「はい、はい、はい。わかったから。ちょっと、そこ座って。その辺の床の本とか雑誌とか適当にどかせちゃっていいから。」

ダイスケは両手で丁寧に本類を移動させ、スペースを作り、床に胡座を組んで座った。背の後ろにうずたかく積まれた本に寄り掛かってみたが倒れそうになかったので背もたれにした。おそらく壁まで本がびっしり積まれているのだろう。そして、ダイスケは仕方なく質問に答えた。

「俺は中3のときに転校してきて、そこでソウに出会ったんだ。最初、馴染めずにいた俺にソウは積極的に話しかけてくれた。それからソウの仲良くしてる友達を紹介してくれて、ユウトってやつとか、カイトってやつとかいるんだけど。そいつらとも仲良くなることができた。そうそう、ケンタもな。」

「えぇ~っと・・・。そのグループって他にもいない?」

「えっ?ああ、カレンって女子もいるな。」

「そ、そうなんだ。(ついでみたいに言いやがって)カレンって子は女子としてどうなの?」

「えっ、どうって。ただの友達だよ。」

「カレンちゃんって可愛いって感じ?守ってあげたくなる的な?」

「ん~~。どうかな?ぶりっ子みたいなのも、なんか計算って感じだし。やめたほうがいいのになって思ってるかな。」

「へぇ、そっかぁ。まあ、人それぞれ好みがあるからね。じゃあ、ダイスケはソウのどんなとこが好きなの?」

ダイスケが少し照れくさそうに答える。

「なんかこんなこと言うの慣れてないから恥ずかしいけど・・。えっと。ソウはいつでも明るくて笑ってて、はっきり物言うし、男っぽい性格のとこもあるけど、自分のことよりも皆のことを1番に考えてる。だから、俺はそんなあいつのことを尊敬してるし、近くで見守ってやらなきゃって思ってる。」

ミレンはダイスケの話を聞き、絶望感で一瞬意識を失いかけた。現実世界では敵わなかった可愛い系女子。なろうとも叶わなかったモテキャラの可愛い系女子。だからこそ、小説の中に自らの分身として理想の自分を登場させた。男ってのは少しおバカで天真爛漫、愛嬌100%を演じきる女が好きなのではなかったのか?何故、ここにいるダイスケや、あのケンタという少年はソウを選ぶのか?「そもそもお前たちは私の生み出した登場人物だろうが」とミレンは机に顔を伏せ、両手の拳を強く握った。

「さあ、話したぞ。話したら元の世界に戻してくれるんだろ?」

ダイスケは語気を強めミレンに詰め寄る。

「ちょっ、ちょっと待って。あなた、今の状況で戻っても皆の記憶から、あなたの存在全てを消したから居場所無いわよ。あのお友達の中から違和感に気付いて、あなたの存在を証明することができれば話が進むように小説のベースを作ってるから。それ以外の外的要因で解決してしまう展開は認められないわ。」

「また、訳の分からないことを。いいから帰せ。」

「まあまあ、そんな焦らなくてもいいじゃない。それよりも、これを見てごらんなさい。」

そういうとミレンはノートパソコンを開き、画面をダイスケに見せた。そこには4分割された監視カメラ映像のようなものが映し出されていた。4分割された画面のそれぞれには左上に小さく「カイト」「ユウト」「ソウ」「ケンタ」と表示されている。

「これは私が作った小説の世界で、私が細く設定したあらすじに沿って、性格等のデータを入力した登場人物たちが行動している様子よ。この世界の中では今、12月25日。あなたがケンタに消された場面ね。」

「ケ、ケンタ?俺はケンタに消されたのか?」

「そうよ。私が彼に『削除』の能力を授けたの。そしたら、あなたが消されたのよ。可哀想に。友達だと思ってたのにね。どう?信じてた友達に消された気持ちは?」

「嘘つくなよ。お前の言う事なんか信じられるか!」

「まあ、この映像を見ていればそのうち分かるでしょう。さて、あなたのお友達はあなたのことを救ってくれるかしら?とりあえず諦めて、しばらくこちらの世界の生活を楽しみなさい。この部屋は私の実家の離れにあるの。食べる物とかは私が用意してあげる。この離れの中で生活できるようにトイレもお風呂も全て揃ってるから。逃げたら元の世界に戻れなくなるからやめておきなさい。じゃあ、食事を持ってくるわ。その辺の本、好きなの勝手に読んでいいからね。」

こうしてミレンとダイスケの歪な共同生活が始まった。

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