第7話
【影の章:血飛沫の記】
奥州に入りし影政は、戦の風を孕む気配を敏感に察知していた。各地で燻る叛意の火種、かつて安倍氏に仕えた残党たちが山間に身を潜め、再び牙を研いでいた。
影政は表の軍には加わらず、情報と策の裏を歩いた。己の存在を知る者はわずかであり、誰もその姿を見たことはなかった。だが、敵方にとっては恐怖の名として語られ始めていた。
ある夜、岩手の北にある峠道にて。
風が吹き抜ける松林の中、影政は一人の山賊頭を追い詰めていた。そいつは安倍氏の残党と通じ、奥州に新たな火を点けようとしていた者。逃げ惑う男の背を、影政の声が冷たく斬る。
「お前の血は、まだ盤を濁すつもりか」
振り返った瞬間、山賊の胸元に閃光が走る。次の瞬間、赤が宙を裂いた。
——血飛沫。
野太刀が描く弧は、花弁のように紅を散らす。かつて佩くことを拒んだ刃。その一閃に、山賊は声もなく崩れ落ちた。
影政は血の染みた刃を静かに拭い、再び鞘に収めた。その顔に、喜びも怒りもない。ただ、淡く冷たい光を湛えていた。
「血の一滴も、策の一手。無意味に流すものではない」
その日より、影政の行く先には紅の噂がつきまとうようになった。戦なき戦。姿なき死。血飛沫だけが、その存在を証する唯一の印。
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やがて、陸奥南部にて“龍王”と呼ばれる男が現れる。
彼は元・安倍氏の副将にして、経清の親族。龍のごとき怒りを胸に、中央への復讐を誓い、各地の武士団を糾合しつつあった。その戦法は苛烈で、村を焼き、逆らう者を串刺しにし、血の川を作ったという。
影政はその名を聞き、ただ一言。
「龍王…ならば、盤上にて龍を討とう」
次なる一手は、己が最も苦手とする“表”への登場を意味していた。
夜、月のない峠にて、影政はかつての友の子、藤原景成と落ち合う。
「影政殿…討ちますか? 龍王を」
「討つのではない。読み切る」
そう言い残し、影政はひとり、血飛沫の戦場へと歩み出した。
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龍王との決戦
山嶺の夜は深く、霧が重く垂れ込めていた。
影政はその中心に静かに立っていた。目の前には、かつて“龍の化身”と恐れられた男、龍王が立ちはだかる。
「これが、お前の最後の策か。影政よ」
龍王の声は地鳴りのように響く。影政は目を閉じ、腰に差した一枚の将棋駒を指先でなぞった。それは、“龍馬”の駒だった。
「龍馬…かつて師が遺した唯一の駒。だが、これはただの駒ではない。術式を刻まれた封印具だ」
影政はその駒を天に掲げ、静かに呪文を唱え始めた。龍王の瞳が一瞬、わずかに揺れる。
「貴様…あの術を使う気か」
影政は微笑んだ。「お前が“龍”であるならば…この“龍馬”で討つのみ」
影政の最後の策
封印された術式が発動すると、山全体が震えた。
「龍馬の駒」は宙に浮き、真紅の光を放ちながら、将棋盤の上に現れた。まるでこの戦いが盤上の一局であるかのように。
影政は盤に向かい、手を差し出すとひとつの駒を指した。
「これが、詰みだ、龍王」
突如、龍王の背後に現れた影——影政が密かに仕込んでいた分身体が龍王の動きを封じた。龍王は、呻くように叫ぶ。
「…なるほど。最後に仕掛けたのは、お前自身の“影”か…」
龍馬の駒
龍馬の駒は、師・矢吹龍斎が生前に遺したもので、「勝者に未来を、敗者に赦しを与える」という力を持っていた。
影政は龍王に駒を手渡し、静かに語った。
「お前を討つためにではなく、未来を選ばせるためにこの駒はある」
しばらくの沈黙の後、龍王はその駒を手に取り、ただ一言、「…降参だ」と呟いた。
霧が晴れると、そこには倒れた龍王と、燃え尽きたように静かに立ち尽くす影政の姿があった。
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続きとして、「影政の死後」「龍馬の駒の行方」や「影政の弟子たちの動き」なども描けます。ご希望ありますか?
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