第6話
【影の章:龍王の封】
奥州の山深く、再び影政の気配が途絶えて久しい頃、東北の地に新たな異変が起きていた。名を知られぬ一派が、村々を焼き払い、古い社を襲っては秘蔵の文書や宝物を奪っていた。
その者たちは「龍ノ一党」と呼ばれていた。
その首魁と目される男は、かつて安倍貞任の弟とも噂された影の武将、龍王丸。かつて戦に敗れて消息を絶ったはずの彼は、名を変え、死者のように甦り、闇の中から再びこの地を動かそうとしていた。
龍王丸の戦術は異様だった。まるで盤外から手を指すような先読み、敵の布陣を狂わせる謀。人々は囁いた。
「龍王は影政の技を盗んだのではないか」 「いや、かつて酔象と並び称された、盤の対の存在だという者もいる」
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一通の報が、隠棲する影政の庵に届いた。
かつて仕えた源家の残党が、龍王により討たれたという報せだった。
その夜、影政は囲碁盤を前に、己の理を確かめるように黒石を一つ置いた。
「龍王…。お前は、太子ではなく“裏の王”か。ならば我が酔象、再び影を成す」
彼は再び野太刀を佩いた。だが今度は、従来の戦ではなかった。刃を振るわず、策のさらに裏。盤の底で起こる“理の争い”こそ、影政の戦場となる。
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影政は密かに動いた。龍ノ一党の拠点を探り、間者を操り、地図になき山路を渡り、幾人かの武将を導いた。
やがて東北の山深く、霧に包まれた谷あいにて、影政と龍王丸は相まみえる。
二人のあいだに言葉はなかった。ただ、静かに置かれた将棋盤。影政は白き手で駒を並べる。龍王丸はそれに応じるように、黒き駒を置いた。
その将棋は、かつてない一局となった。
中盤、龍王丸が酔象を討ちに来た瞬間、影政の指が一閃のように角を成らせる。
「龍王の理もまた、駒の中にある。だが貴様は、駒を裏切った」
影政は、わずかに動いた駒で王手をかけた。それは将棋としての詰みではなかった。ただ、策としての「動線」を完全に塞いだ一手だった。
その一手により、龍王丸の軍は分断され、内通者は現れ、陣は瓦解する。
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後に語られることとなる。
「龍王が消えた夜、誰も見ていない庵にて、盤の端に『龍』の字が刻まれていた」 「影政は己が酔象としての理に背き、一度だけ“龍王”の座を奪ったのだ」
だが、影政は再び姿を消した。
そして、どこかの庵の奥深く、古びた盤の端に、ひとつの文字が新たに刻まれていた。
『龍王』——ただし、王にあらず、影の王たるもの
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その駒は、いまだ成らず。されど盤外を動かす力を持つ唯一の存在。
酔象にして、龍王。
名を遺さぬまま、歴史の狭間に息づく影の名——源影政。
——そして今も、盤のどこかで、静かに一手を待っている。
竜王・龍王は、将棋の駒の一つ。本将棋・小将棋・中将棋・大将棋・天竺大将棋・大大将棋・摩訶大大将棋・泰将棋・大局将棋に存在する。本将棋で最強の駒であることから、タイトル戦である竜王戦の名前の由来の一つにもなっている。
竜王の駒の例。「龍」の字の旁の部分が「はね」ており「昇り龍」を表す。
「龍」と「竜」とは異字体の関係にあり、「龍王」とも「竜王」とも表記される。実在の将棋の駒には通常「龍王」と表記されている。一方、日本将棋連盟では活字にする場合には常用漢字である「竜」の字体(新字体であると同時に古字でもある)を採用して「竜王」と表記するのを正式としている。
なお、本将棋の駒(飛車の裏面)では、「龍」の字の旁の最後の画の「はね」を大きく上向きに強調した崩し字が使われることが多く、これは「昇り龍」を意味している(対して竜馬でははねを下向きにした「下り龍」が使われる)。ただし、「龍王」の文字が崩されていない書体も水無瀬兼成など一部の書体に存在する。
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