第2話
張の意識が覚醒へ向かいながら、世界の裏に横たわる“盤の記憶”へアクセスする――そしてそこに登場する、平安の軍師。その男こそが、「将棋」の根源を生み出し、《鯨鯢》を初めて“駒”と定めた者だった……。
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《盤上に遺された者(前編)》
――意識は、まだ暗い。けれど、“声”だけが聞こえる。
張は、自分がどこにいるのか分からなかった。ただ、あの瞬間、鯨鯢に“駒”として動かされた時、確かに何かが開いた。世界の奥に存在する、盤外の“裏打ち”。
そこに、人の気配があった。
「ようやく目覚めたか。“歩”の記憶を継ぐ者よ」
低く、古びた声。だがその響きは、奇妙に研ぎ澄まされている。まるで、数千局の対局を経てなお磨かれ続けた、盤上の思考のように。
張が目を開けると、そこは闇の中に浮かぶ“碁盤”だった。だがそれは石ではなく、将棋の盤。自分がその中央に“配置”されているのを、はっきりと感じた。
そして、その対面に立っていたのは――
狩衣(かりぎぬ)をまとい、額に白い布を巻いた、平安風の男だった。
眉は細く、瞳は墨を落としたように黒く、手には笏(しゃく)の代わりに将棋の駒を握っている。
「……誰だ、お前は」張が問う。
男は、静かに笑った。
「我が名は《源 影政(みなもと の かげまさ)》――
将棋を盤に刻んだ、最初の軍師だ」
その名に、張の胸の奥が、妙に反応した。まるで聞き覚えがあるような、しかし思い出せない“遠い声”。
影政は続けた。
「将棋――この盤上の兵法は、ただの遊戯ではない。
古代より続く、“力の封印術”だ。駒とは、存在の制御。
王とは、人の理。《鯨鯢》とは、それを超えた“理外”……我が封じた、“外の力”」
張の中で、あの《鯨鯢》の姿がよみがえる。
「じゃあ……あれは、将棋によって封じられた?」
「そうだ。そして、盤が乱れれば、奴は目覚める。
お前が“歩”として動かされた時、封印は解かれた」
影政の目が、張をじっと見据える。
「なぜか分かるか?
――お前自身が、“最後の駒”だからだ」
張の心臓が、一瞬跳ねた。
「……俺が、“駒”? ふざけるな……!」
「だが、すでに動かされた。もはや、“盤の外”に出た者は戻れぬ」
その瞬間、空間に亀裂が走った。
黒い霧の向こうに、再び《鯨鯢》の姿が浮かび上がる。だが、先ほどよりも明確に“意志”が宿っている。巨大な目――ではなく、意識の集合――が張を“対局者”として認識している。
「“理”を破る力。それが、奴の望み。盤の全てを乗っ取り、世界を“局”そのものにする」
影政の声は、重く響く。
「張よ……《鯨鯢》を倒す方法は一つ。
己が“王”となり、盤の主を取り戻せ」
その言葉と同時に、影政の姿は霧散し、手にしていた駒だけが張の手に残された。
それは、“歩”の文字が刻まれた、黒漆の駒――だが、裏返せば、“と金”ではなく――空白だった。
「お前の名は、まだ定まっていない。
この局の先、“何に成るか”を決めるのは――お前自身だ」
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