SAINT★BORDER♟ZERO
鷹山トシキ
第1話
【未知の駒:《鯨鯢の駒》】
かつて、チェス界とショウギ界の外に存在したとされる、伝説の「第三の盤面」――そこに棲まうとされた存在、それが《鯨鯢(げいけい)の駒》である。
この駒は、海の底に封じられていた古代の兵器であり、「盤上に立つことを拒否された異端の駒」とも言われている。チェスにも将棋にも属さず、序列も法則も持たないこの駒は、すべての“秩序あるルール”に対する反逆の象徴だった。
【外見】
《鯨鯢》は、まるで巨大な鯨と深海魚を合わせたような姿をしており、胴体には黒と金の棋譜が無数に刻まれている。盤上に上がるときは、地を這うように移動するが、実際には空間そのものを「泳いで」いるとされ、通常の兵器では追尾も分析もできない。
その体から分離していくように、無数の「小駒」たち――《ヒレ駒》が生まれ、まるで群れを成す魚のように襲撃してくる。
【能力】
盤面外干渉:あらゆる戦術・戦略の予測を無意味にする存在。ナイトのアルゴリズムでも追跡不可能。
駒の吸収:倒した駒の「動き」や「能力」を吸収し、模倣する。たとえば、ルークの突撃力やビショップの狙撃を模倣できる。
“潮目の切り替え”:戦場の流れそのものを変える特性を持つ。戦況が不利な方に傾いた瞬間、強制的に“無効化”する能力を発動することがある。
【起源】
《鯨鯢》の記録は、どの棋譜にも残されていない。ただ、ショウギ界の最古の記録――「封印の書」によれば、「チェスが誕生するより前、そして将棋が盤を持つ前に存在した」とされる。
その正体は、**盤の創造主が失敗作として海に沈めた“第零の駒”**であるとも噂されている。
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張が遭遇する「鯨鯢の駒」は、ファーナスが動かしているとされる勢力によって、地中深くから解き放たれた存在。クイーンや鷹山すら、その存在を「伝説上の駒」としてしか知らず、初遭遇時はその動きや目的に対応できない。
また、この駒にだけは“詰み”が存在しない。どれだけ追い詰めても、最終手が無限にずれるように仕組まれており、いわば「終わりなき対局」を強制する存在とも言える。
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《張と“鯨鯢の駒”の邂逅》
戦闘は一段落したかに見えた。
廊下を抜け、クイーンに導かれるように進んだ先――地下への階段を降りたその場所は、かつてはデータ保管庫だったらしい。コンクリートの壁は崩れ、冷気と共に潮の香りのような異臭が漂っている。
「……空気が変わったな」張が呟いた。
クイーンは周囲を警戒しつつ、低く答える。「異常です。ここだけ、空間が“歪んで”いる」
床に張り巡らされたタイルの模様が、ところどころ波打って見える。まるで水面を覗き込んでいるような、奇妙な錯覚。
その時だった。
――ゴウン……ッ……。
低く、重く、海底から響いてくるような音がした。
「聞こえましたか……?」張が不安げに尋ねると、クイーンは小さく頷く。「来ます」
そして、視界の先――真っ暗な奥の闇から、それは現れた。
巨大な影。壁を這いながら滑るように近づいてくる、漆黒の塊。まるで生物でありながら、機械でもあり、神経質に律動する神経のような“筋”が、全身を走っていた。
「……まさか」クイーンの目が、わずかに見開かれる。「封印の駒――《鯨鯢》……」
その名を聞いても、張には何のことか分からなかった。ただ、その姿を目にした瞬間、思考が凍った。
それは“駒”というには、あまりにも巨大で、不定形だった。鯨のように広がった背部、うねるように動く尾、そして両脇には無数の「ヒレ駒」がぶら下がっている。床も壁も無視して移動し、まるでこの空間の“物理法則”すら鯨鯢には意味を持たないかのようだった。
「……動けない」
張は、拳銃を構えていた腕が震えているのを自覚した。膝が笑い、意識だけが宙を漂う。
そのとき、鯨鯢の頭部と思われる場所が、わずかに動いた。
黒い装甲の奥に、“目”のような模様が無数に浮かび上がる。瞳でもなく、カメラでもない――“意志の気配”だけが、張の全身を貫いた。
「……見られている」クイーンが低く呟いた。「意識を読んでいる……張さん、下がって」
だが、遅かった。
《鯨鯢》の身体の一部が、液体のように波打ち、床に“触れた”。すると、床のタイルが一瞬で棋譜のように書き換えられ、周囲の空間が変質し始めた。
「これは――」
クイーンの声が途切れた。
目の前に広がったのは、まるで“碁盤のような”漆黒の世界。そこでは、床も天井も存在せず、ただ空中に浮かぶ無数の線と点が、音もなく瞬いていた。
それは、《鯨鯢》が創り出した“盤の外側”の空間だった。
「張……目を閉じて!」クイーンが叫ぶ。
が、その声を無視して、張は目を見開いていた。
その空間の中心に――自分の“駒”としての姿が、浮かんでいたのだ。
歩兵の形をした、それでいて自分に酷似した影。その駒が、鯨鯢の意志によって一手、横に動かされるのを見た瞬間、張の頭の奥に、雷のような痛みが走った。
「っ、ぐあああああっ……!!」
世界が割れるような感覚。
無数の棋譜と記憶が脳内を走り抜ける。見知らぬ対局、ありえない手、破られた禁忌、交わされた契約、そして――“誰か”の声。
「……盤外にあるものは、戻れない」
その一言を最後に、張はその場に崩れ落ちた。
クイーンが駆け寄り、張を抱き起こす。「張さん! しっかりしてください! ナイト、緊急脱出ルートを!」
『確認中……! だが、鯨鯢の干渉で周囲のマッピングが不可能です!』
クイーンは唇を噛んだ。目の前の《鯨鯢》は、なおも動かず、ただそこに“在る”だけで、すべてを歪めていた。
「これは……もう、戦うという次元ではない……」
――このとき、張の意識の底に、ある記憶が芽生えつつあった。
自分が「ただの人間」ではないという、もう一つの事実。
それこそが、《鯨鯢の駒》が張に“触れた”ことで目覚めた、運命の断片であった――。
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