マッチボックス
* * *
「これ、やるよ」
このマッチボックスはもらった物だった。この戦地に来る列車の中で偶然、一緒になった男からだった。俺は煙草を吸うためにマッチを擦っていたが、全部、湿気ていて一向付く気配がなかった。隣にいた男は迷惑そうな顔をし、周囲は知らん顔をしていた。向かいにいた男はしばらく微笑みながら、俺の悪戦苦闘ぶりを眺めていた。力み過ぎで最後のマッチを折ってしまったとき、その男は俺の落胆ぶりを見て吹き出した。
「何がおかしい?」
半分、喧嘩腰で話しかけてしまった。思えば、失礼なことをした。周囲の男たちよりも遥かに感じがよかったのに。ニコチンが切れていたのだ。許してほしい。
男は優しく笑い、
「これ、やるよ」
と、言った。
「なぜ? しかも箱ごと?」
俺はまだ疑っていた。
「俺はもう煙草、持ってないしな。多分、向こうじゃ買えない」
「それだけ?」
俺はただ戦場が怖くて八つ当たりをしていただけだった。殺されたくなかったし、人並みには殺したくなかった。惨めな恐怖の宿った俺の目を見て、男はニッコリと笑った。
「強いて言うなら、徳を積みたくなったのさ」
何も言わなかったが、男はこれから犯す殺人の免罪符が欲しかったのかもしれない。
俺は筋違いにも、利用されたと思った。結局はこの男もさして変わらない。俺と弟を利用する奴らと代わりはないのだ。と、嘲笑した。
俺は形ばかりの礼をし、マッチボックスを受け取り、煙草に火をつけた。
「なぁ、1つ頼みを聞いてくれないか?」
やられた。吸ってしまっては断れない。
「聞くだけ、聞く」
「俺が死んだら、マッチ入れを俺の妻に届けてくれ。 弟からもらったものなんだ」
俺はようやく、自分の惨めさを自覚して謝った。男はいいよと言ってくれたが、それでも沈んだ顔をした俺の煙草入れから一本抜き出し、
「火を分けてくれたら、チャラだ」
と、今度はいたずらぽっく笑った。
それから、名前と家のある地域を教えてもらった。
送られた隊が違い、あいつとはあれ以来、会っていない。ただ、自爆してそこそこの戦果をあげたのは、新聞に載っていたから知っている。
* * *
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