第32話:No Magia!

 漆黒の機械巨人は悠然とこちらを見つめている。光を放つ瞳は、人のソレとは異なるにも関わらず、確かな意思を感じさせた。


「……どうしようか」


 アルマとニュクスは巨人の正面に浮遊しながら、戦い方を検討する。連射は難しいのか、すぐに攻撃はしてこないようだ。考える時間はある。


「……まずはあの銃を無力化しないと。スタジアムに一撃を撃たれたら大惨事だし、街にでも撃ち込まれたら終わり」


「そうだね。じゃあ、私がぶった切るか」


 先ほど大砲を両断した『グラム』の一撃なら何とかなるだろう、とアルマは提案する。だが。


「ううん。アルマ、さっきの攻撃で結構『心力』消耗しているでしょう。応援がもらえているとはいえ、何も考えずに乱発できる消費量じゃないはず。下手すると、この戦闘ではあと一回が限界じゃない?」


 ニュクスの言葉にアルマは頷く。


「……そうだね。『グラム』の発動前の『心力』が100%だとしたら、今の残りは40%くらいかな……。『Magic Word』で少しずつ補給されてはいるけど」


 先ほどは持ちうる力をすべて注いでの攻撃だった。今回は多少調整するつもりではあったが、ニュクスの言う通りあと一撃を放ったらしばらくは使えないだろう。


「じゃあダメ。あなたのその一撃は、本体を破壊するために取っておいて」


「うん。わかった。でも、あの銃はどうする?」


「私に任せて。絶対に、何とかしてみせる」


 ニュクスはアルマに後方へ退くように伝えると、弓を構え、巨人を睨みつけた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ニュクスは、魔族だ。――より正確には、魔族の出来損ない、だ。


 外見の特徴は魔族そのものでありながら、魔力という魔族最大の特徴を持たずに生まれてきた。いや――造り出された。


 コペルフェリアという街は、表向きには最新鋭の魔導技術を誇る『魔術都市』だが、裏では魔力の高い人間を人工的に作るために様々な実験を行っていた。そこに倫理など存在せず、人工的に生み出された子供たちはたくさんいた。『白の魔女』カスタネルラもその一人だと言われている。


 ニュクスは、そのおぞましい実験の最後の世代だ。魔力の多い人類を生み出すため、魔族の因子を混ぜ込んだ。ほとんどの個体が命を落とす中、唯一生き残ったのが彼女。だが、一番大切な『魔力』は欠片も保持してはいなかった。――当然、そんな役立たずは、幾ばくかの路銀と共に、自由という名の廃棄をされた。


 人類との同盟が組まれたとはいえ、魔族に対する差別は根強い。ニュクスはまともな仕事にもつけず、怪しい日雇いの仕事で何とか生き繋いでいた。――そんな時、アルマに出逢った。


 何度も死のうかと思った。生きている意味なんてないと思った。でも、アルマに出逢って、生きていてよかったと初めて思った。


(――私は、きっと、この日のために生まれてきた)


 何のために生まれてきたのかと悩む日々だった。家族どころか親もいない。誰にも望まれず、何も持たない出来損ない。そんな自分に価値を与えてくれた。世界を救う役割を担うことができた。だから。


(――命に代えても、みんなを守るよ)


 ニュクスは、弓を引き絞る。虹色の光の矢が生み出される。狙うは銃口。追尾機能を応用し、内部から銃を破壊する。


 『心力』の残量は最大値のおよそ70%。後のことも考えて、40%の力で矢を創る。


「これで……!」


 ニュクスが矢を放とうとしたその瞬間、巨人が銃を構えた。光が銃口に灯る。


「! まずっ……!」


 ニュクスは直ぐに弓を放つ。だが、巨人の攻撃も速い。ほぼ同時に双方の光が放たれ、激突し、眩い光と共に押し合う。


「くっ……! 届け……!」


 ニュクスは『心力』をさらに注ぎ込む。これが相殺できなければ、後方にあるスタジアムが危険にされされる。それに何より――彼女の後ろには、アルマがいるのだ。


「うああああああああああああー!!!!!!」


 拮抗していた光が、じりじりとニュクスに近寄ってくる。力負けしているのだ。そして――目が潰れそうな光と共に、大爆発を起こした。


「――――クス! ニュクス!」


 一瞬、意識が途切れていた。アルマの声が後ろから聞こえる。どうにか、守りきることには成功したらしい。


「あ……ボロボロだ」


 衣装が、髪が、手が、煤けている。でも。


「――でも、すぐ直るはず……」


 ニュクスの身体は『心力』によって、髪と目の色を変えた『Vtuberの姿』へと変化している。衣装もその一部だ。『心力』で造られた身体だから、時間がたてば修復される。


「……威力が、足りなかった」


 あの銃の一撃を吹き散らすには、40%の力では足りない。再装填の間に銃口を再び狙おうとしたが、ニュクスに突き付けられた銃は、再び光を灯し始めている。銃身が赤熱していることからかなり無理をさせているようだが、ここで仕留めるつもりなのだろう。


(――間隙を縫うには間に合わない。正面から相殺するには威力が足らない)


(今のニュクスわたしでは、どうしようもない。――残った全力で矢を放ち、自分の身も挺してギリギリ相殺して、アルマに後を託す?)


 ニュクスは、小さく首を横に振る。


「嫌だ。私は、アルマと一緒に、生きたい。――たとえ、どんな形であっても」


 ニュクスが今Vtuberの肉体を使っているのは、『魔族』であるという事実を誤魔化すためだ。――『魔族』となれば、どうしたって嫌悪感を抱く視聴者はいる。でも、『魔族という体裁で活動しているVtuber』だったら、受け入れてもらいやすくなる。


 Vtuberの中身について詮索することはタブーだ。今のニュクスは、人間かもしれない、エルフかもしれない、もしかしたら全く違う種族かしれない。そうやって、何も確定していない状況で、活動をしている。そのために多くの『心力』を使って肉体を変化させている。


「アルマ! ――もし、世界中みんなが、私を嫌いになっても、一緒にいてくれる?」


 ニュクスは生まれて初めて、他人に対して願いを掛けた。


「――うん。当たり前じゃん! ニュクスは私の一番大事な人だから!」


「……ありがとう。――だったら、何も怖くないよ。私が銃を無力化するから、その隙を狙って!」


 返事は聞かない。アルマならできる。そうニュクスは確信していた。そして、間近に来ていた、ドローンカメラに目線を向け、微笑む。


「――みんな、がっかりしたらごめんね。『Vtuber』のニュクスは、これで最後」


 ニュクスは『Vtuber』としての変化を解いた。アルマに似せた金髪碧眼が、銀髪紫目へと変化する。衣装は解かれ、簡素な短パンとTシャツに変わった。化粧も解けて、素のニュクスが、カメラの前に現れる。


「これが、本当の、私。魔族の姿をした、魔力のない、出来損ない。――でも、だからこそ、みんなを守れる」


 再び、弓を引く。残された『心力』をぎりぎり迄注ぎ込む。Vtuberとしての肉体変化とその維持に、15%以上の力を費やしていた。その制約がなくなったので、ギリギリ、先ほどの銃の威力なら対抗できるはず。


「いっけえええええええええええー!!!!!」


 先ほどを上回る輝きが、矢として充填されていく。ニュクスはそれを、巨人の銃口目掛けて撃ち込んだ。巨人も再び発砲し、光が互いを食い破らんと衝突する。


 ――ここまでは、先ほどと同じ。だが、ニュクスはもう『Vtuber』の肉体ではない。その維持に使っていた『心力』を矢の威力として注ぎ込める。


「これで、どう、だああああああー!!!!!」


 拮抗していた光が、少しずつ巨人の方向へ圧されていく。だが。


『出力、上昇』


 巨人から、無機質な音声が響く。同時に、銃口からの光量が増した。じりじりと、再び光線が押し戻されていく。


「く……そんな……足りない、の?」


 ニュクスの心が少し、綻ぶ。どんどん虹色の光が押し返される。涙が、こぼれそうになったその時。


『ニュクス! ニュクス! ニュクス! ニュクス!』


 スタジアムから、声が聴こえた。


「えっ?」


 『心力』がどんどんと、ニュクスに流れ込んでくる。綻びかけた心が、再び強く結ばれていく。


「ニュクス! 魔族だとか、関係ないよ! みんな、あなたが好きなんだよ!」


 アルマの声に、涙が溢れた。


「――――本当に? 嬉しい。初めて、認めてもらえた」


 魔力がない、失敗作だと。魔族の姿をした、邪魔ものだと。何もできない、役立たずだと。


 そんな言葉だけを浴び続けてきた。だから、きっと、だと知られてしまえば、きっとそうなるだろうと思っていた。──でも、違った。


「ありがとう。みんな。私、勝つね!」


 流れ込む力が、今まで以上に強い虹色の輝きを放つ。世界が塗り替えられていく。弓から放たれた光が威力を増し、巨人が放つ光線を押し返し――銃口へと突き刺さった。


 巨人の持つ銃が変形し、轟音と共に大爆発を起こす。


「これで、スタジアムと街は大丈夫! アルマ! お願い!」


「任せて!」

 

 光を背負って、アルマが飛ぶ。大上段に構えた虹の剣。


『近接武器を使用』


 巨人は剣の柄を腰から抜き、光の刃を生み出した。そのまま頭上へと振り上げ、アルマの剣を受け止める。


「――わたしも実は、『Vtuber』なんだよね。みんな、金髪でも愛してね!」


 アルマはウィンクする。それと同時、彼女も銀髪紫髪から、短パンとTシャツ、金髪碧眼の少女へと変化する。それと同時に、スタジアムからの歓声が響いた。


 虹色の光が、大きくなる。巨人の剣が、圧し潰される。


「うりゃああああああああー!!!!!!」


 そのままアルマは剣を振り下ろした。真っ二つとはいかなかったが、巨人の右腕が根元から切断される。


「これで、攻撃はもうできないでしょ! わたしたちの勝ち!」


 アルマが声を上げた。それに応えるように、声が響く。


『――――危険だ。危険だ。貴様らは、危険だ……バックアップデータは、転送済み。最後に、貴様らを処分して、此度の作戦は完了とする。自爆装置、作動』


「……えっ!?」


「自爆!?」


 アルマとニュクスが慌てている間に、巨人の全身が怪しく発光を始めた。


「ど、どうしたら……」


「ク、クエス! 止めてよ! そんなところで寝てないで!」


 アルマが巨人の胸で眠るクエスに呼びかける、が反応はない。巨人の全身が赤く点滅し始め、徐々に加速する。絶望が二人を包む。その瞬間――クエスに、黒い何かが巻き付いた。そのまま無理やりクエスを巨人から引きはがす。


 その瞬間、赤い点滅は止まり、巨人は地面へと倒れていった。


「アレ、何?」


「わたくしの鞭、ですわ」


 突然掛けられた声に、アルマとニュクスは振り向いた。そこには――空に浮かぶ、シャロームの生首。


「うわ! お化け!」


「ば、化けて出たんですか……?」


「違いますわよ。機能停止していたんですけれどね。先ほどの『歌唱魔術』で少しだけ動けるようになったんです。――最後、クエスに一矢報いてやろうと思ってチャンスを伺っていたのですけれど、いいタイミングでしたわね」


 シャロームがにやりと笑う。その様子を見て、アルマとニュクスも笑った。


「――勝ったんだぁ」


「うん。すっぴんで、ボロボロで、短パンTシャツ姿だけど、勝った」


「見た目なんて、関係ないですわ。わたくしをごらんなさい。ほら生首。それに――あなた達、今までで一番きれいですわよ。おめでとう。頑張りましたわね」


 シャロームの言葉で、実感が湧く。アルマとニュクスは顔を見合わせ、破顔した。


『やったー!!!!』


 二人は声を揃えて抱き合う。そして、スタジアムに向けて大きく手を振った。――勝利を、伝えるために。


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