第31話:もしも声が届いたら

 声援が、聞こえた。


 家族の、学友の、そして、多分街中ですれ違っただけの人たちの声が。


 『心力』が流れてくるのはもちろんだが、それ以上に、その声に元気づけられる。


 直接声を聴きながら戦うのは初めてではなかった。だが、こんなボロボロな状況、というのはアルマにとって初めてで。


(――こんなにも、元気がもらえるものなんだ)


 ゆっくりと立ち上がりながら、アルマは客席を見た。


『アルマ! アルマ! アルマ! アルマ!』


 自分の名を呼ぶ声がする。みんなの表情が見える。天乃月子がこちらを見て笑い、再び歌い出した。隣にいるニュクスの手を取り、アルマは飛ぶ。


 空から客席を見ると、みんなの顔が見える。『Magic Word』のおかげか、全員の声が聴こえるようだ。


 あまり仲が良くないクラスメイトの顔が見えた。その子が、頑張れ、と言ってくれた気がした。思わず、笑みがこぼれる。


(――そうだ、わたしたちは、みんなの未来を背負っているんだ)


『みんな、ありがとうー!』


 ニュクスと二人、声をそろえて、客席へと言葉を返す。力が流れ込んでくる。これならいけると、確信できる。


 『心力』による虹色の光に包まれながら、アルマとニュクスはクエスへと飛ぶ。


「あの巨大な大砲、アレを潰せば、わたしたちの勝ちだ!」


「――うん。アルマ。やろう」


 ニュクスが笑う。気持ちはよくわかる。アルマも同じ。――みんなの応援で心が溢れているから。思わず笑ってしまうんだろう。


「……戻ってきたところで! スタジアム諸共、消し飛ばしてやろう」


 再び大砲の発射準備を整えようとするクエス。エネルギーが集まっていることが見て取れる。彼女や砲の周囲には数十の小型の遠隔操作砲――『RAT』が浮遊していた。他に、無数の『手』が、大砲を空中で保持している。


「私がを全部壊すから、止めはアルマ、お願い」


「おっけ」


 ニュクスは弓を引く。矢の代わりに虹色の光が番えられた。


「――お願い、『アルテミス』!」


 一条の矢が放たれる。それに対抗するようにクエスの周囲から『RAT』がニュクスの方へ複雑な軌道を描きながら高速移動する。迎撃するのが困難な動き。だが。


「私の心から生み出された矢だから――絶対に当たる!」


 放たれた虹色の矢は様々な色を纏いながら飛散する。数十に分かたれた矢はそれぞれが異なる軌道を描いた。そのまま飛来する『RAT』へ突き進み、破壊する。


「自動追尾、だと……!? だがその威力では『砲』は破壊できまい!」


「その大砲、支えているのはあなたの『手』でしょう? だったら、それを潰せば、終わり」


 ニュクスの言葉に従うように、『RAT』を貫いた虹の矢はそのまま力を失うことなく大砲に向けて突き進み――無数の手を貫いていく。大砲が、落ちる。


「ちっ! ――だが、もう一撃は間に合う!」


 推進力が不足し、砲が地面に落下していく。その最中、空中で残った『手』が照準をスタジアムへ向けて修正する。


「させない!」


 アルマは全力で飛んだ。その背後に色とりどりの軌跡が描かれていく。まるで虹のように。


「グラム、発動!」


 『グラム』を上段に構える。虹色の光が迸り、まるで柱のように天を貫いた。――入道雲を両断するかのような、眩い光。


『いっけえええええええええええー!』


 スタジアムからの声と、アルマの声が重なる。虹色の刃が振り下ろされ、巨大な大砲は真っ二つに切断された。そして――。


「アルマ! 離れて!」


 ニュクスの叫び。大砲が光を放ち、大爆発を起こした。アルマも爆風に吹き飛ばされる。


「くうっ……あ、ありがと、ニュクス」


 吹き飛んだアルマは、ニュクスに抱き留められた。彼女との身長差と、同時に華奢さが伝わる。


「怪我はない? 大丈夫そう? よかった。これで、……終わった、かな……」


 大砲は爆発を起こし、破片が落下していく。そして。


「クエスも、落ちていく……」


 爆発に巻き込まれたのか、浮遊していたクエスもフラフラと落下していく。手も足もないその小さな体が、平原へと着地した。


「終わった、かな?」


 スタジアムを振り返る。ステージと客席が盛り上がっている様子が見えた。


「……とりあえず、クエスさんを捕獲したほうが良いよね」


「そうだね。もう『RAT』はないけど、爆発するかもだし、慎重に」


 アルマとニュクスは平原へと降りていく。いつの間にか、ドローンカメラが二人の後ろから付いてきていた。『RAT』がなくなったことで破壊される危険がなくなったためだろう。きっと配信も復活しているはずだ。


 地面に倒れているクエスの元にアルマ達は近づいていく。すると──それまで閉ざされていたクエスの目が突然開いた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――破壊が目的ではなかった。ただ、自分を作った『彼ら』とひと目会いたかっただけ。


 QS-00001。その番号を持つ彼女は、試作機であり、一度も実践投入はされなかった。


 機械人形は様々な用途で造られたが、彼女は完全に軍事用として開発されていた。戦争が激化する中、実践投入されようとした頃、世界に滅びが訪れた。


 戦争などしている余裕はなくなり、人類は必死に生き残る道を模索する。そして――それが無理だとわかったとき、彼らは自分の意思を未来へ残そうとした。人を模して造られた、機械仕掛けの人形へと託すことで。


 クエスは、様々な記憶を、記録を、想いを託された。そして、彼女ははるかな時を経て、蘇る。託された『人類の復活』という命題を成し遂げるために。


(……損傷は軽微。だが戦力差は甚大)


(……今ある武装ではこの敵には勝てない)


(……大戦で投入される予定だった、アレを使うしかない)


(……コアコンピュータは動作しないが、私が代替すればよい)


(……下手をすると、戻れなくなる。……バックアップデータを残そう)


 クエスは、遠隔操作で地下で眠るとある未完成の兵器を起動させた。


「――さぁ、最後の戦いだ」


◆◇◆◇◆◇◆◇


 クエスは目を開くと、小さく呟いた。表情に笑みはない。だが――言葉を発した直後、大地が震動を始める。


「クエス!? いったい何を……」


「アルマ、一旦逃げよう、何か、下から気配が――」


 ニュクスの言葉と同時、大地が大きく割れた。その裂け目に、クエスは飲み込まれていく。そして。


 裂け目から、巨大な何かがせり上がってくる。大地を砕き、ゆっくりと地上に姿を現したのは――。


「……機械の、巨人?」


 黒を基調とした機械の巨体。まだ全容が見えてはいないが、街にある建物の大半よりは大きそうだ。基本的には人体を模している。そして、その中央。胸部あたりに。


「――クエスが、埋まってる?」


 手も足もないその姿が、巨人の胸部にぴったりとはまり込んでいた。うっすらと発光しているが、瞳は閉ざされ微動だにしない。


 その姿を見て、まるで女神みたいだとアルマは思った。


 巨人の全身が地上に現れる。漆黒の身体。右手には巨大な銃。左手には盾。すべて黒を基調としているが、目に当たる部分を含め、所々発光していることが見て取れた。


『――破壊する』


 感情のない声が聴こえた。直後、巨人が銃を構え、スタジアムに向ける。


「――ダメっ!」


 アルマが叫ぶが間に合わない。先ほどの大砲以上の光線が、スタジアムに向けて放たれた。


 直撃すれば観客諸共破壊されてもおかしくない威力。アルマもニュクスも一気に青ざめたが――。


「氷の、壁……!」


 『白の魔女』カスタネルラだろう。巨大ロボット以上の厚みの氷を一瞬で生み出し、スタジアムを防御した。だが、氷は一瞬で消滅しており、連射されれば防御が困難であることはすぐに理解できる。


「二人とも、そいつを倒して。そのサイズだと氷漬けにして動きを止めるのも簡単ではないし――防御に回っても防ぎきれない。……ここまでの兵器を持ちだされるとは思わなかった。これは、正真正銘、旧時代の大量殺戮兵器。ここで潰さないと、世界が滅びかねない代物」


 いつのまにか近寄って来ていたカスタネルラの言葉に、アルマとニュクスは頷く。とはいえ、これだけのサイズ差。どうやって戦えば良いかもわからない。


「でも――やらなきゃ」


 街を守るため。世界を守るため。人類を守るため。


 かつて人類を滅ぼすために造られたのであろう兵器。そんなものをイマに蘇らせるわけにはいかない。


「ニュクス、最後の戦いだ」


「――うん。やろう。私たちなら、できるよ」


 軽く、ニュクスの手に触れ、アルマは黒い巨人に向けて飛ぶ。――この命に代えてでも、この街を、世界を、みんなを守ってみせると決意して。


 


 



 

 

 

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