第30話:もしもライブができるのなら
天乃月子が歌いはじめたのは、ややテンポの速いロックチューン。正直、意外だった。もっとかわいらしい、アイドルのような曲を歌うかと思っていたからだ。
――だが、歌詞を追ううちに、選曲の理由に納得する。この歌は、生き物すべて、みな同じだと。一皮むいてしまえば、全てただの『筒』に過ぎないと、歌っているのだ。
人類も、魔族も、エルフも、竜も。――旧時代の人間だって。生き物であれば構造は変わらない。結局ちょっとした外側の違いだけ。口から消化器官を介し、排泄口へたどり着く。みんな同じだと、そんなメッセージが込められた曲なのだ。
天乃月子は歌う。時にかわいらしく、時に鋭く。しなやかなダンスを織り交ぜて、観客に笑顔を振りまいて。スタジアムには声援と、歓声と、応援の声が響き渡っていた。そして――。
「あれ……? 体が、軽くなってきた? 『心力』が集まってるのかな?」
「でも、この応援って、私達に対するものじゃないんじゃない? それに……ちょっと違う感じがする。うまく言えないけど、心が、震えてる、ような」
「『歌唱魔術』だよ」
いつの間にか、ステージから降りていた『白の魔女』カスタネルラが、呟く。
「わぁ! か、カスタネルラさん……」
「限られた才のあるものしか使えない、他人や自分を鼓舞し、力を与える術。戦場全体に効果があるような、範囲の広い『バフ』。要するに。肉体も、精神も、魔力も、全てを強化する、最強の補助魔術」
「これが……天乃月子さんの、魔術」
アルマは明らかに自分の体力が回復していることを感じていた。単なる強化だけでなく、治癒効果もあるようだ。
「――だが、所詮は歌。直接的な攻撃ではない。『RAT』は止まらん。集音用のマイクを壊してしまえば、そこで終わりだ!」
クエスが叫ぶ。みんなの『応援』を集めるためのマイクは今カスタネルラが作った氷の檻に包まれている。だが、『RAT』の集中攻撃で破壊される寸前だ。
「まずい……! カスタネルラさん、もう一回氷を――!」
「必要ないよ。この『歌唱魔術』によって『彼ら』が復活したからね」
「え……?」
アルマが疑問の声を上げた瞬間。 『RAT』一機が破壊された。次いで、もう一機が両断される。
「ちっ、もう動けるのか……」
クエスが残りの『RAT』を空中へ戻す。マイクを守っていたのは――。
「アルマ! ニュクス! 大丈夫か!」
「もうちょっとだよ、頑張ろう!」
「セオドアさん! ルキナさん!」
先ほど戦闘で意識を失ったと聞いていた、セオドアとルキナだった。どうやらこの歌唱魔術のおかげで戦えるくらいまで復活したらしい。よく見ると他に何人かの冒険者たちがマイクの周りに立っていた。この決戦に向けて、防衛用に人員を集めていたのだろう。
「死にぞこないの冒険者どもが!」
クエスがさらに『RAT』を数機放つが、悉くがセオドアとルキナの二人が使う『心核礼装』に撃退されていく。
「クエス。お前の『RAT』の機動力は驚異的だが、動きは効率的すぎる。――『歌唱魔術』の強化を受けた状態であれば、簡単に反応できるぞ。冒険者を――人間を、あまり甘く見ないほうがいい」
セオドアが言葉に合わせ、空中にいるクエスに向けて剣を突き付けた。『RAT』は、クエスが自身で操作している。強化なしの状態では反応することすら難しいが、動きについていけるような状態であれば、最適な動きであるからこそ、動作を読むのは難しくない、ということだろう。――こと、熟練の冒険者にとっては。
「……ならば!」
クエスは『RAT』を客席に向けた。応援の発生源を失くしてしまえば、このライブは失敗だ。だが――。
「当然、織り込み済みです」
客席を守るようにファロスが現れた。彼の周辺に機械兵士が持っていた無数の『武具』が浮遊している。
「なめるな、その程度の防御で!」
「――単調ですね」
客席を狙う『RAT』の攻撃はファロスの『魔法』で操作された装甲により防がれた。挙動を完全に読んでいるらしく、『RAT』が客席に近づくことを完全に阻んでいる。
「くっ……『強化』された冒険者には、通用しないか……!」
クエスは再び『RAT』の向き先を変更する。もちろん、この状況を生み出している『Vtuber』に対してだ。
「月子さん!」
アルマは思わず叫び、駆けだそうとした。彼女はあくまで歌手で、配信者で、Vtuberだ。戦士でも冒険者でもない。
天乃月子の歌唱は二曲目に突入している。先ほどよりももっと激しい、戦いの歌だ。
『RAT』が迫る。位置を考えると、セオドア達がカバーするのは無理だ。アルマも間に合わない。迫りくる飛行砲台。天乃月子は慌てる様子一つなく、歌唱を続け、そして笑う。
『――ならば、迎え撃つ!』
そんな歌詞と同時、天乃月子はマイクスタンドを手に取った。そして――まるで槍のように振り回し、迫りくる『RAT』を貫く。
「……うそ……月子さん、戦えたの?」
ニュクスが目を丸くしている。天乃月子は歌唱を途切れさすことなく、マイクスタンドを操って巧みに『RAT』を攻撃していた。
「彼女は別に、戦士でも冒険者でもないよ。ただ、配信活動の中で、ダンジョン攻略とかやってた時期もあるから。最低限の戦闘技術は身に着けてるし――『歌唱魔術』は、歌っている本人に強力な『バフ』がかかるからね。今の彼女は、肉体的には上級の冒険者と遜色がない」
とはいえ、この状態が長引くのはまずいだろう。ライブの邪魔になる。アルマとニュクスは顔を見合わせるとクエスに向けて飛び立った。天乃月子の歌唱魔術である程度心力は回復している。あとはお客さんからの声援さえもらえれば、問題なく戦える状態だ。『RAT』も減っているし、十分勝ち目はある。
「クエスー!!!」
アルマが突貫し、ニュクスが援護する。お客さんの声援も響く。その様子を見て、クエスは笑った。
「――来たか。こちらも奥の手を使わせてもらおう」
クエスが宙に浮いた右手を、パチン、と鳴らす。彼女の背後に、人の身体がすっぽり入るような口径を持つ巨大な砲と、それを支える無数のクエスの手が現れた。何らかの方法で見えないよう隠していたのだろう。
「まずい! ニュクス、避けて!」
アルマが叫んだその直後。
「遅い。――発射!」
大砲から巨大な光線が、発射された。
◇◆◇◆◇◆◇◆
氷で造られた客席から、少女は戦いの様子を見ている。正直言って怖い。ここは紛れもない戦場だ。
彼女はアルマの同級生だった。別に仲が良いわけではない。むしろ、アルマのことを内心馬鹿にしていた。――ちょっと家が裕福で、容姿がいいだけの、魔力を持たない欠陥人間。
今日来たのは両親についてきただけだ。別に来るつもりはなかったのだが、応援の声がこの街の、世界の未来を変えるかもしれない、と言われて引っ張ってこられたのだ。正直言って、アルマが何をしているかは良く知らない。ちょっとだけ見た目を変えて、『Vtuber』となって戦っている、というのはさっき聞いたけれど、魔力がない彼女に何ができるのだろうか、と思っていた。
「――あ」
大きな剣を持ったアルマと、近くにいた青肌の魔族が、敵のボスに向けて飛び掛かっていく。
(――なんで、冒険者でも、兵士でも、魔術士でもない、あんたがそんなに頑張ってるの? 魔力もない、普通の人以下の、あんたが)
「……他の人に任せればいいのに」
思わず、呟く。少女には理解ができなかった。ただ、その行動は、自分を含む街の人のためなんだろうとわかったから、しっかりと目で追いかけた。
直後、敵のボスの背後に巨大な大砲が現れ、即座に発射された。撃ちだされた光線が、アルマと魔族に迫る。
「えっ」
周囲から悲鳴が上がった。少女も思わず声を漏らす。観客がみんな騒めいている。直撃の寸前、氷の壁が二人を守ろうとしたように見えたが、一瞬で吹き散らされ、アルマと魔族は光に飲み込まれていった。
「うそ……生きてる……?」
アルマと魔族の少女は、ステージの間近まで吹き飛ばされていた。全身ボロボロに見えるが、生きてはいるようだ。
(――なんで、そんなになってまで?)
少女の疑問の声を吹き消すように、天乃月子の声が響いた。ずっと歌は続いていたが、今は間奏に入ったらしい。
『――会場の皆さん、ノマギアのお二人が、ピンチです! わたくしも歌で応援していますが、何よりお二人の力になるのは、皆さんの声、言葉です。さぁ、揃える必要はありません。大きな声でなくても大丈夫! アルマさんとニュクスさんに声を掛けてください! それが――二人のため、ひいては、この街を救うためになります!」
――初めは、沈黙があった。戸惑いの空気が流れた。その時、誰かがアルマの名を叫んだ。そこからは、一瞬だ。小さな声が、段々と集まっていく。
『がんばれー!』
『大丈夫かー?』
『負けるな!』
少しずつ、声が届く。魔法の言葉が、彼女たちに力を与える。二人が立ち上がる。
「……頑張れ」
少女がポツリと呟いた、その時。
『さぁ、反撃の時間です! 二人の名前を呼びましょう! ご一緒に! せーの! アルマ! アルマ! ニュクス! ニュクス!』
『アルマ! アルマ! アルマ! アルマ!』
『ニュクス! ニュクス! ニュクス! ニュクス!』
天乃月子の呼びかけに合わせて、周りのみんなが声を上げ、拳を突き上げる。本来はライブのコール&レスポンス。それを、応援に変えたのだ。
その様子をみて満足げに微笑むと、天乃月子は再び歌い始める。その歌いだしに合わせるように、アルマとニュクスは再び空を飛んだ。
――虹色の光が、二人を包んでいる。
「――頑張れ、アルマ」
少女の言葉が聞こえたかのように、いつもと髪と目の色が違うアルマが、客席を見て笑う。
『みんな、ありがとうー!!!!』
そう告げて、『ノマギア』の二人は敵のボスへ向かって再び突進していった。
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