第29話:もしも配信ができなくても
「くっそ……ニュクス、生きてる……?」
アルマは平原で倒れている。もう『心力』はほとんどない。クエスに手加減されたのか怪我はほとんど負っていないが、体を動かすことができない状態だ。ただ、シャロームの頭部だけは、大事に抱えていた。
「うん……落ちた時、体打った、くらい。でも、動けない。『心力』が枯渇してる。威力はそんなに高くなかったし……多分急所は避けられてたのかな……」
「舐めやがって……」
クエスは空中から悠々とこちらを見下ろしている。とどめを刺すでもなく、薄く笑みを浮かべながら。
「でも……私たちはもう戦えない。あとは彼女が戦場に『RAT』を放つだけで、みんなやられちゃう……もう……」
負けだ、と言いかけたニュクスの口を、必死にアルマは手で押さえた。
「――ダメだよニュクス。それはだめ。あなたは合理的で、察しが良い。でも、諦めが早いのは良くない。まだ、わたしたちは生きてる。まだ……立ち上がれる」
魔力は元々ない。心も空っぽだ。でも、体は動く。思えば、クエスが蘇らせようとしている昔の人類だって、魔力なんて持っていなかった。心が疲れてしまうときもあっただろう。彼らはそんな時でも普通に活動していたのだ。それが、人間だったのだ。
「まだ、おわって、ないぞぉおおおおおお!」
アルマは立ち上がる。体が重くて、痛くて、泣きそうだった。このまま寝ていられたらどんなに幸せだろう。――でも、負けない。負けてられない。
「アルマ……」
「先に立つのは、わたしの役目。でも、一人じゃ立ってるのもしんどいからさ。――隣にいてよ、ニュクス」
そう言って、アルマはニュクスに手を差し伸べた。今にも倒れそうな身体だけど、ニュクスのことは、支えられる。そう確信があった。
「うん……二人なら、大丈夫、だね」
ニュクスはアルマの手を取って立ち上がった。そのまま、二人で手を握ったまま、空を見上げる。
体はボロボロで、心もズタズタで、魔力なんか空っぽで。――でも、まだ生きているから。
「わたしたちだけじゃ勝てなくても、ここで稼いだ時間で、他の人が何とかしてくれるかもしれない」
「……私達には、頼りになる仲間がいっぱいいる。少しでも、できることをしないとね」
いつの間にかクエスの笑みは失われていた。ただアルマとニュクスをを忌々しげに睨んでいる。
「――もういい。貴様らの茶番にはうんざりだ。意識を奪って、実験台にしてやろう」
クエスが手をかざし、『RAT』に命令を下そうとした。その瞬間。
「――さすがですね、お見事! やはり配信者たるもの、どんな時でも諦めてはいけません。何せ、あなたたちは一人ではないのですから! さあ笑いましょう! 胸を張りましょう! このステージはまだ、終わっていませんよ! 何せ、わたくしが来たのですから!」
朗々と。歌うような声が響く。平原に突如現れたのは――ステージ衣装に身を包んだ『異世界Vtuber』、天乃月子その人だった。
◆◇◆◇◆◇
天乃月子――その『中の人』である天原月乃は、前世で病死した。色々あって、この世界へ転生して。そして、かつての夢だった『Vtuber』になったのだ。
もちろん、元の世界にあった『Vtuber』と、形は違っているけれど『なりたい自分で生きていく』という、その根源にある想いは変わっていない。
彼女は、人種も、性別も、そして魔力の多寡なんてもちろん関係なく『なりたい自分になれる』。そんな仕組みを、この世界に作りたかった。そのために、『Vtuber』として最前線で活動を続け、会社を興し、たくさんの後輩を生み出している。
まだ、夢は半ばだ。筋力がないから、魔力が足りないから、種族が違うから、夢を諦めている人はたくさんいる。挑戦することすらできない人は、まだまだ存在する。天乃月子は、そういう人たちに『Vtuber』という夢を届けたい。当たり前に『なりたい自分』を選べるような世界を作りたい。
――だから、その世界を終わらせようと。役割を決められた過去の世界へ戻そうとしているクエスの思想は許せない。だから、彼女は、持てうる限りの権力と、人脈と、力を使って、抗うのだ。世界を、ほんの少しだけ良くしたいという、願いのために。
◆◇◆◇◆◇
「月子……さん?」
「立ち上がっていますね。ならもう大丈夫。少しだけ待っていてください。今舞台を整えますからね」
天乃月子の言葉に、上空からクエスが反応した。
「冒険者でも戦士でもない、ただの芸能人が、何の用だ? ここは戦場だ、殺される前にさっさと消えろ」
「戦場? いえいえ。ここはライブステージですよ。戦いのために生み出された貴女はご存じないかもしれませんが……歌は、世界を救うんです。これからそれを、お見せしますよ。――さぁ、お願いします、舞台演出件大道具担当、『白の魔女』カスタネルラさん!」
天乃月子が叫ぶと同時に、平原が、白いもやで包まれる。
「――なんだ!? 周囲の温度が急低下している……?」
上空にいるクエスにも、その異常さは伝わっているようだ。そして、次の瞬間。
地響きが、平原に巻き起こる。何かが、せり上がってくる。それは――巨大な氷の塊。いや――氷で形作られた、スタジアムだった。その規模は前にシャロームとノマギアが決戦を行った武道館に匹敵する。数千人も収容可能な氷のスタジアムが、突如平原に現れたのだ。
「すっご…………! これ、何!? 魔術!?」
「――白の魔女、カスタネルラって言ってたよ? それって、大陸最強って言われてる人じゃ?」
ニュクスは知っていたようだ。アルマも名前を聞いて思い出す。
――かつて北方において魔王を打倒し、その後の魔族侵攻を何年にもわたり防ぎ続けた、大陸最強の魔法使い。最高位の『白』の称号を持つ、氷の魔女カスタネルラ。ただ念じるだけで、北方に氷の城塞都市を築いたというくらいだ。このスタジアムを創るくらい彼女にとっては簡単なことなのだろう。
生み出されたステージの中央に、天乃月子と一人の女性が立っている。氷ではあるが一切溶ける様子がないため、滑らないようだ。ウェーブした長い銀髪に、青いドレスを着た、ぞっとするほど美しい女性。彼女がカスタネルラだろう。
「これでよかった?」
カスタネルラの声音は想像よりもずっと温かい。
「ええ、ばっちりです! ありがとうございますお忙しいところ」
「いいよ。一応世界の危機だ。これが失敗したら、そのうち私が戦うことになる。さすがに魔力が通じない相手だとこの平原ごと凍らせるくらいしか、対策は思いつかないから。ちゃんと倒せるなら、お願いしたい」
「相変わらず化け物ですねー。……まぁいいでしょう。では、このスタジアムの維持、よろしくお願いします。――さて、みなさん! ステージは完成しました! でもまだ、足りないものがありますよね。そう、観客です! もちろん、無人のスタジアムなんてつまらない。さぁ、入場の時間です! 転ばないようにゆっくりと! 座席はたっぷりあります、どうぞお入りください!」
客席に老若男女様々な人々が入ってくる。アレは――。
「コペルフェリアの、人たち?」
「ええ。幸いここは街の近くですし? 世界の危機ですから。配信が途切れた後すぐに、ご案内を出しましたとも。『ノマギア』を応援したい方々は、皆さん街の外へ集まってください! とね。皆さん、あなたたちを応援しに来てくれたんですよ。クッション持参でね」
少しずつ客席が埋まっていく。中には見知った顔もいた。――両親や、学校の友人や、いつも行くピザ屋の店主。あらゆる人たちが、二人を応援しに来ているのだ。
「――なるほど。これが最高峰の魔女。確かに、私の知識を越えた力だ。……だが、創り出したものがこんなスタジアムでは拍子抜けだな。設置されている二基の巨大なマイク。それでこの場の応援を集め『心力』に変える魂胆だろう。配信ができない状態での苦肉の策だが――そのマイクを破壊してしまえば、ただの声にすぎん。システムを介さなければ『Magic Word』とやらは発動しないはずだ」
「あ、気づかれましたか。さすがですねー」
のんきな天乃月子の声。その言葉の直後、十数機の『RAT』がスタジアムのマイクを狙って攻撃を仕掛けようと飛来する。
「――とりあえず壁を」
カスタネルラがマイクの周囲を覆うように巨大な氷を生成した。――とはいえ、魔力は機械人形とその兵器に効果をもたらさない。あくまでただの氷で、砕かれるのは時間の問題だ。実際、『RAT』からの光線で氷は大きく削れている。
「その程度か」
クエスの言葉に、天乃月子は笑う。
「いえいえ。だってまだ、わたくしたちは何もしていません。――さぁ、お客様の入場は終わりました。僭越ながら、このわたくしが、オープニングアクト、務めさせていただきましょう!」
ステージに立つ天乃月子は、マイクを片手に観客の前に立つ。満面の笑みを浮かべ、堂々と。そして――歌声が、氷のスタジアムに響き渡った。
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