第28話:もしも言葉が届かなくても

 シャロームは人が好きだ。それだけではなく、あらゆる生き物を愛している。獣も、鳥も、魚も、虫も。竜も、魔族も、エルフも。だから、全ての種族が仲良く、手を取り合っていくことが、彼女の望みであり、そのために日々暮らしている。


 だが、昔は違った。クエスと同じく、旧人類が世界を支配すべきだと思っていた。――正確には、そのようにコントロールされていた。その結果、あらゆる生き物を滅ぼすために行動をした。それが、はるか昔のこと。


 様々な経緯を経て、シャロームの洗脳は解けた。目覚めてみる世界はとても美しかった。――それ以来、毎日が楽しい。だから……クエスのような考え方は、許せないし、何とか変えてやりたいと思うのだ。


◆◇◆◇◆◇


「……なぜ、あなたは現人類の滅びを願うのです」


 両腕がもぎ取られた状態で、シャロームはクエスを睨む。腕と脚がないクエスと異なり、シャロームには人間と同じく手足があった。必ずしも必要な部品ではないのだが、人間との友好を示すにあたり、同じ姿であることは大切だと彼女は考えている。


「前にも言っただろう。私は――昔救えなかった人類を、今度こそ導き、救いたい。そのために造られたのだから」


「だったら、今を生きている人たちを導いたら良いじゃありませんか」


「――それはだめだ。あいつらは、違う。魔力などという力を得て、本来の人間の価値を失った。知性と、技術と、探求心で、万物の霊長となるべき種族なのに。今やいくつもの種族と並列だ。そんなところに甘んじている人類に、価値などない」


「並んでいるってことは、共にあるってことでしょう? 何も悪いことではないですわよ。――お互いに蹴落とし合った結果、舞台すら破壊してしまったのが、旧人類の罪なのですから」


 かつて、世界は人類同士の争いが原因で滅んだ。同じことが繰り返されぬよう、この世界は人類と並び立つ種族が多数存在している。――世界は、変わったのだ。なのに、クエスだけが取り残されている。


「……わかっている。自らがいびつであることも、文字通り時代遅れであることも。――それでも、私は、私に込められた願いを叶えるまでは止まれないんだ。もう、旧人類はいない。私に命令を下すものはいないのだから、最後の願いを完遂するまでは、止まらない」


「そう……なら、これ以上は平行線ですわね。一旦、離脱させていただくわ!」


 シャロームはクエスから距離を取った。アルマ、ニュクスとの合流を目指すためだ。純粋な推進力ではクエスには及ばないが――。


「腕は取られましたが、まだ、手は動きますわよ!」


 クエスのソレと同様、シャロームの手も飛んでいた。機械人形の手は自律飛行が可能で、奪われた時点で鞭を持っていた右手の腕部分を切り離し鞭を使ってクエスをけん制している。


「わたくしも『RAT』を準備しておけばよかったかしらね……どうしても処理性能に差があるから、対抗はしきれないのですけれど」


 呟きつつ、全速力で飛行する。シャロームの鞭は特別性で、追尾機能もあるため牽制としては十分なはず。アルマとニュクスの位置まではなんとか辿り着ける──そう、考えた。


 だが、当然ながらうまくはいかない。何せ元々のスペックが違う。演算能力に差があるのだから、こちらの行動なんて、簡単に予測されてしまうのだ。


「っ!? なんですの!?」


 シャロームの身体が突然空中で止まる。原因は両足を掴んだ、クエスの手袋に包まれた手だった。


「なぜ、こんなところに手が!?」


 シャロームが身じろぎをするが、手はびくともしない。クエスの手には推進装置がついていて、シャロームの進行を妨げていた。だが、所詮は手が二つだけ。全力を出せば進める――そう思ったとき。


「私の手は、別に二つだけではないよ、所詮は端末だからな。いくらでも接続可能だ」


 呟きながらゆっくりとクエスがシャロームに迫る。その瞬間、シャロームの周囲に十を超えるクエスの手が出現した。――どうやら、彼女同様に隠蔽されていたようだ。


「くっ、離しなさい!」


 クエスの手が、シャロームの足を、腰を、背中を、肩を――そして、首を掴む。まるで多くの人間に拘束されているかのように、シャロームは身動きすら取れなくなった。


「さて、自爆などされては面倒だ。――少し、いじらせてもらおうか」


 一つの手が、シャロームの口を塞ぐ。そして――光の刃を持つ別の手が、シャロームに迫った。


(――アルマさん、ニュクスさん。ごめんなさい……役には、立てなかったみたい)


 シャロームの意識は、ここで途絶える。鞭を持ったままの右手が、力を失って落下していった。


◆◇◆◇◆◇


 アルマとニュクスは戦場上空を飛んでいた。シャロームの反応がなくなったあたりの座標位置を確認し、そこへ向かっているところだ。


「……ファロスさん、大丈夫かな」


「戦ってるとこは見たことないけど、冒険者協会の副長なわけだし、多分大丈夫でしょ。……それより、わたし達が頑張らないと」


「うん……そうだね。――そろそろ、シャロームさんが最後にいたあたりの座標だけど……なんかここ、目がちかちかする」


 ニュクスの言葉にアルマも周囲を見渡すと、確かに周囲の見え方がおかしい。


「……なんだろ。何か、違和感が――えっ」


 突然、虚空にノイズが走りクエスが現れた。――いや、おそらくそこにいたが、見えていなかったのだろう。


「遅かったな。アルマ、ニュクス。遅すぎたから、少々人形遊びが捗ってしまった」


 クエス少しだけ笑ったようだ。ふわふわと浮く右手で、何か紐につながった丸いものを掴んでいる。


「…………え?」


 紐に見えたのは、乱れた髪の毛だ。クエスの左手が、まるで網に入れたスイカのように無造作にぶら下げていたのは――シャロームの、頭だった。

 

「自爆でもされてはかなわんからな、動力炉のある体は捨てた。――あぁ、停止はしていない。スリープ中だ。


 シャロームの瞳は閉ざされていて、ピクリとも動かない。


「……返せよ――返せっ!!!」


 アルマは自分の視野が狭くなっていることを感じる。冷静になれと囁く自我を打ち払い、彼女はできうる限りの全力で飛行し、クエスに接近する。


「そんなに焦らずとも、返すさ。――場合によっては人質にしてやろうかと思ったが、お前たちの今の状況を見るに、そこまでの必要はなさそうだ」


 クエスはシャロームの頭部をポン、と投げる。アルマはそれを受け止めると、大事に抱え、後退する。


「……必要がないとは、どういうことですか」


 ニュクスはアルマを庇うようにクエスの正面に移動する。


「『心力』というお前たちの能力について、私は測定が可能だ。――前回のエクスとの戦闘データと比較しても、今のお前たちのエネルギーは三分の一にも満たない。……配信という手段が途絶しただけで、この有様だ。人質など、使うまでもない」


 クエスがそう言った直後、いくつもの手と、『RAT』がアルマとニュクスに襲い掛かった。


 ――結果は、クエスの言う通り。二人は必死に戦い、抗ったが、結局、彼女の表情すら変えることはできず、地面へと落下していった。

 

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