第27話:たとえ持ち主がいなくなっても

 昔、戦争があった。敵も味方も、たくさんの人が死んだ。周囲には多くの死体と無数の装備品。


 ファロスは戦火の中たった一人生き残った。亡くなった人々の中には恩人、仲間、そして愛した人がいた。ファロスは、彼らの『相棒』だった武具を手に取り、涙を流す。


 ――せめて、彼らの想いが、意志が、心が継がれますように。


 その願いが、彼の『魔法』となった。


 失われた持ち主たちの想いを、残された武具が叶えられたら、という、願い。


 そんな、血なまぐさい、最悪の奇跡。


 だって――武器に込められた願いなんて、一つしかないのだから。


◇◆◇◆◇◆


「さて、アルマさんとニュクスさんにはこの場から離れていただくとして――」


 ファロスは空中で冷静に告げる。高速移動となると難易度は高いが、重力制御程度なら魔術で実現することは不可能ではない。


「許可できない。ラムダとシータに与えられた任務は、そこの二人の足止め。可能ならば打倒」


 ファロスの言葉を遮るように、ラムダが言葉を発した。非常に無機質なものではあったが。


「それは困りました。我々としてはなるべく早くお二人にこの場から離脱いただきたい。ですから――力づくでまいりましょう」


「……我々にはお前たちの魔術は通じない。武器を持っているわけでもない。どうやって、私たちを止める?」


 シータが問いながら、銃を構えた。


「武器がない? 武器なら、あるじゃないですか。この戦場には無数の


「……お前は、何を言っている?」


 ラムダの問いに、ファロスは笑みを浮かべた。


「私は、昔から、武器や防具といった『武具』全般がとても好きでした。それもあって、魔術師協会より『鋼色はがねいろ』の称号を授かっています。さらに、色に由来する『魔法』もありましてね……簡単に言うとことができるのです」


「持ち主がいない、武具……?」


 ファロスが指を鳴らすと、地上に落ちていた無数の銃――破壊された機械兵士たちの『相棒』が、ふわりと浮き上がり、ファロスの周囲に集まってくる。その数、数千。


「さて、この程度の銃でダメージを与えることができるかはわかりませんが……時間稼ぎにはなるでしょう。アルマさん、ニュクスさん、行ってください!」


「ファロスさん、ありがとう!」


「……行ってきます!」


 アルマとニュクスは空中を駆けるように飛んでいく。ラムダとシータは止めようとするが――。


「させませんよ」


 数千丁の銃から、弾丸が斉射され、ラムダとシータに降り注ぐ。操っているのはファロスの術であっても、撃ち込まれる銃弾は機械兵士たちのものだ。この戦い方であれば『魔術が効かない』という特性は関係がない。


「……そんなもの、我々に通用するとでも……」


 ラムダは、顔を両手で庇いながら、唸るように言葉を発した。


「ダメージは与えられずとも、何千発の弾丸を喰らえば衝撃で動きは止まるでしょう。それに――別にこれは本命ではありませんから。ほら、来たようです」


「な、に……?」


 ファロスの両側に飛来したのは、機械式の巨大な剣と、銃。明らかに一般兵士が使っていたものとは異なる。


「先ほど私の部下たちが倒した、大型機械兵士の用いていた武器ですよ。さすがに雑兵のものとはクオリティが違いますね」


「そんなもの、使われる前に倒す……!」


 ラムダがファロスに向けて突進した。ファロスは魔術で浮いているだけなので高速移動はできない。ラムダの剣がファロスに迫る。


「当たりません」


 ファロスは微動だにしていない。ただ、巨大な機械剣が、ファロスを守るようにラムダの剣を受け止めていた。


「……! 剣を操るというのは、こういうことか……!」


 機械剣は前の持ち主である大型機械兵士の動きをトレースしていた。これが、ファロスの魔法。武具に残された使用者の記録を再現することができるのだ。――目の前の敵を倒したい、という願いを叶えるために。


「ならば、遠距離から――」


 シータが銃を構えた。ファロスも呼び出した銃で対抗するが、シータはあっさりと回避する。一方、ファロスは高速機動ができない。かろうじて初撃は躱したものの、体制を崩した。


「いくら強力な武器を操ろうとも、本体が脆弱では話にならない」


 シータが二発目の銃撃を放つ。ファロスに回避は不可能。だが。


「私はを操ると言いましたよ。つまり――防具も、対象に含まれるということです。例えば、機械兵士たちが使っていた、盾や装甲も」


 ファロスの言葉と同時、無数の鋼の壁が、ファロスの目の前に現れ、シータの銃撃を防ぐ。


「なるほど、面倒だな……。だが、貴様に機動力はない。シータ。こいつはラムダが相手をする。先ほどの二人を追え」


 実際、ファロスの機動性能では逃走された場合追撃は不可能である。ファロスが一番懸念していたのもそこであった。


「さすがに、合理的ですね。機械人形。……ですが少し遅い。あなた方は、即座に私を無視してあの二人を追うべきだったのです」


「何を。この戦場にはもう持ち主のない武器など存在しない。多少想定外ではあったが、その程度だ」


「……突然ですが、お二人とも。『武具』の定義とは、何だと思いますか?」


「時間稼ぎか? シータ。行け」


「おや、つれないですね。……私にとっての『武具』は何かと戦う時に使うもの全般です。だから、盾も、鎧も、道具や、兵器であっても、戦闘時に用いられるものはすべて含まれます。――さて、この戦場において、たくさん打ち捨てられた兵器がありますが、わかりますか?」


「その、機械兵士の銃や、装甲だろう。我々には通じない」


 シータが端的に答える。しかし、その回答を聞いたラムダは、慌てたように周囲を見渡した。


「発想は悪くありません。ではヒントを。自律式で命令に従う兵器。もしそれが壊れたら? そのあたりに打ち捨てられるでしょう。それはつまり『持ち主のいない武具』に該当するのではないでしょうか。――さて、似たようなものが、この戦場には多数ありますね?」


「…………まさか……」


 ずっと無表情だったシータの目に初めて感情が灯る。ラムダも同様だ。――恐怖、という感情が。


「では、答え合わせとまいりましょう」


 ファロスが指を鳴らすと、平原に倒れている無数のたちが、その場で起き上がる。あるものは腕がなく、あるものは足がなく、あるものは頭部がない。皆、自力で立ち上がれるはずなどない。ファロスの『魔法』で強制的に動かされているのだ。


「我ながら悪趣味だとは思いますがね。――さぁ、機械仕掛けの兵器たち。志半ばで倒れたその無念、お借りしますよ」


「シータ、構わず、進め――」


 ラムダが言葉を発すると同時、数千の機械兵士の躯たちが、地上から飛来する。それらはまるで意思を持つかのように、次々とラムダとシータにしがみ付いた。


「貴様ら……何を……!」


「彼らに意思はありません。ただ、『敵を倒す』という与えられた命令、その向きを変えてあげただけです。――さぁ、いつまで耐えられますかね」


 ラムダとシータはしがみ付かれた機械兵士たちを振り落とし、薙ぎ払い、破壊する。だが――終わりがない。戦場に在る、数千の躯が、どんどんと二人にしがみ付く。折り重なり、巨大な一つのおぞましい塊となった。


「もう……推力が、維持、できない……! 貴様……許さん! 許さんぞ」


 ラムダが叫ぶ。


「ここ数分で、ずいぶん表情豊かになりましたね。いいことです。――では、縁があったらまたお会いしましょう」


 その言葉と同時、ラムダとシータは地面へと落下した。集まった機械兵士の重量に耐えられなくなったのだろう。大きな地響きの後、巨大な機械兵士の躯の塊が二つ、平原に墓標のように並んでいた。


「――さて、こちらは一旦終わりですが……アルマさんとニュクスさんは、大丈夫でしょうか」


 ファロスはふわりと地面に降り立つと、クエスがいると思しき方向へ向けて走り出した。




 

 


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