第25話:もしも魔力があったとしても

 配信画面が、止まった。


 街の――いや、ある意味人類の明暗を分けかねない戦いだ。その配信は視聴可能なほぼ全員が見ていたといっても過言ではない。なにせ、ただ見ているだけではなく、視聴者の応援がそのまま『配信者の力』に転換されるのだ。視聴者は全員、自らの限界まで魔力を振り絞って応援していた。


 ――だが、その配信が途切れた。映像も、音声もなくなり『Magic Word』と呼ばれる応援システムも使えなくなっている。


 さらに『ノマギア』の配信は、戦いの様子をリアルタイムで伝える唯一の手段だった。それが断たれたことで、視聴者たちはパニックに陥っている。コメント欄だけが生きていて、人々の心情が濁流のように流れていく。


 画面の向こうにいる人々は不安と恐怖に苛まれながら、真っ黒な映像を見つめるしかなかった。


◇◆◇◆◇◆


『アルマさん、ニュクスさん。すでに状況は把握しているでしょうが、配信が遮断されました。――いえ、正確には配信は続いているものの、音声映像共になし、という状況です。つまり、心力の供給は受けられません』


 ファロスからの報告に、アルマは唇を噛む。――今までは、無限とも思える『心力』の供給があった。だが今はそれが遮断され、今までの蓄積のみで戦闘を継続しなくてはならない状況だ。


 とはいえゆっくり作戦を考えるような余裕はない。アルマ達の周囲は機械兵士たちに囲まれているうえ、リーダー格と思しき大型の機械兵士も迫ってきている状況だ。幸い、『RAT』とクエスの手はカメラを破壊して満足したのか、後方に退いていったようだが。


『了解です。とりあえず、周囲の機械兵士たちを処理しつつ、進みますが……長期戦になるとまずそうなので、クエスさんを狙いたいのですが……位置はわかりますか?』


 周囲の機械兵士を処理しながらニュクスがファロスに問いかける。実際、このまま戦い続けていてクエスとの戦いの前に『心力』が枯渇してしまうだろう。多少強引にでも彼女を倒して戦いを終わらせる必要がある。


『こちらもドローンが破壊されてしまったので、先ほどまでのデータしかないですが、敵陣の最奥にいました。……とはいえ、クエスは飛行も可能なはずなので、移動している可能性は十分にあります』


 攻撃用の端末でさえあれだけの高機動だったのだ。クエス本人も高速移動が可能だろう。


『いったん了解、ひとまず敵陣へ突貫するね。……時間をかけても、こっちが不利になるだけだし』


 アルマは無線へ告げると、敵が向かってくる方向へと駆けた。何も言わずとも、ニュクスも援護をしてくれている。すさまじい量の矢が敵に降り注ぐ。アルマの振るった『グラム』も、一撃で十数体を吹き飛ばすほどの威力だ。だが、当然この戦い方は『心力』の消費が大きい。急がないと――と思ったところに、二機の大型機械兵士が急接近してきた。以前の戦闘で戦った戦闘用の機体よりも、さらに一回り大きく、機動力も高い。


「くっそ、時間も、余裕もないのに……いっそ奥の手、使うか……?」


 アルマが剣を構えた時、後方から声が響く。


「アルマ! ニュクス! ここは僕たちが引き受ける! 二人はクエスの元へ!」


 声の主はセオドアだった。ルキナを含む何名かの冒険者たちも一緒だ。


「セオドアさん! でもこいつ、硬いし、速いし、その武器じゃ……」


 セオドア達冒険者が使っているのは、機械兵士の汎用的な武器のはずだ。


「アルマちゃん、ニュクスちゃん、大丈夫! 一応私たち、色々潜り抜けてきた冒険者だからさ、信じてみてよ」


 ルキナがニコリと笑う。そこに悲壮感はない。ちゃんと勝機がある、と納得のいく表情だった。


「わかりました。ルキナさん、お願いします。……アルマ、行こう!」


 ニュクスがルキナの言葉が終わると同時、駆けだした。こういう時の彼女は判断が早い。


「任せとけ! そっちこそ、頼むね!」


 アルマとニュクスは、大型の機械兵士を避け、敵陣奥に走っていく。全員が無事でこの戦いが終わることを祈りながら。


◆◇◆◇◆◇


 セオドアと共にいた一人の冒険者が、大型機械兵士に突進する。さすがにベテランの冒険者だけあって、敵の攻撃をあっさりと躱し、急所である各関節に剣での連続攻撃を放った。だが。


「……ダメだな、関節すら強度が他の機械兵士とは段違いだ。この武器で傷つけることは難しいだろう」


「ありがとうございます。やはり、使うしかなさそうですね」


 セオドアは今まで使っていたシャロームに借りた機械兵士用の武器をその場に放り、新たな大剣を取り出す。鎧に偽装していたソレは、アルマの使っている『グラム』に酷似していた。


「じゃあ私も」


 ルキナも同様に、手にしていた銃を捨て、ニュクスの『アルテミス』に近い機械で作られた弓を手にした。


「心核礼装か? ……魔力があると使えないんじゃ?」


 冒険者の一人が問いかける。


「ええ。なので、これにはが内蔵されています。ただ――これを使ってしまうと、僕とルキナさんの魔力は枯渇して、心力がなくなった瞬間におそらく倒れます。アルマとニュクスのように元々魔力がない人間ならともかく、普通の人間が魔力を使い果たすと意識を失いますからね」


 アルマとニュクスは魔力の代わりに心力で稼働できるよう身体が出来上がっているが、セオドアやルキナはそうはいかない。基本的な人間は魔力を消費しながら生きているし、なくなれば動くことすらままならなくなるのだ。


「……そう考えると、彼女達はある意味『新たな人類』なのかもしれないな」


 魔力がなくても稼働できるということは、そのように進化したと言えなくもない。


「そうですね。魔力に頼り切ったこの世の中ですから。……さて、話している時間もなさそうです。前に試した感じだと、魔力から心力への変換効率はかなり悪いので……おそらく三分程度しか持たないと思います。その後僕とルキナさんは倒れるので、すみませんが回収を頼みます」


「ああ、任せとけ。援護もできる限りはする」


 冒険者たちはそれぞれの間合いで、機械兵士を待ち受ける。


「では――いきます!」


 セオドアとルキナ身体が発光し、そこから『心核礼装』に力が流れ込んでいく。大剣と弓が光を放ち、それぞれの礼装は無事起動した。


「おおおおおおー!!!!!」


 セオドアが駆ける。先ほどまでと違い、魔力による身体強化はない。『心力』での身体強化も不可能ではないが、残量を考えると基本的には攻撃力向上に使いたいところだ。


 培った技術と、鍛えた筋力と、そして身に着けた直感で大型機械兵士の攻撃を回避する。一体が近接、もう一体が遠距離攻撃の役割のようだ。狙撃を躱し、セオドアは大剣で近接機体に斬りつける。


「――よし、いける!」


 先ほどの冒険者の一撃とは異なり、セオドアの『心核礼装』はやすやすと装甲を切り裂いた。もちろん相手もタダでやられるわけはなく、反撃と、遠距離側からの援護がセオドアに襲い掛かるが――。


「コンビネーションも戦術もいまいちね」


 ルキナの放った複数の矢が、機械兵士の狙撃を相殺しつつ、セオドアによって切り裂かれた装甲の隙間に突き立っていた。ダメージにより、近接兵の動きが一瞬止まる。


「とどめ!」


 セオドアの大剣が、近接兵の頭部を斬り落としていた。そのままの勢いで、遠距離兵へと駆ける。当然銃による狙撃を受けるが──。


「狙いが正確すぎ。もう少しフェイント入れないと、熟練の冒険者には通じないよ」


 ルキナは矢を射出して放たれた狙撃をすべて相殺した。その直後、セオドアの大剣が遠距離兵を真っ二つに断ち割る。経過時間、二分五十秒。


「――間に合った、あと、頼みます! ……アルマ、ニュクス――君達なら、できる」


 そう言い残し、セオドアは倒れこんだ。少し後で、ルキナも意識を失う。


「大金星だが、全体から見れば、まだまだ露払いに過ぎないか……頼むぞ、二人とも」


 冒険者は呟くと、周囲の機械兵士を処理しつつ、セオドアとルキナを抱え、後方に撤退していった。



 

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