第24話:もしも決戦が始まったら
――人間は愚かだ。
限りある資源を奪い合い、同じ種族なのにお互いを憎み合い、命に代わりはないのに殺し合う。
滅びを目の前にしても、合理的な判断ができない。
あぁ、なんて、なんて不完全なのだろう。
だから――私が守らなければ。
一度は滅びてしまったけれど、大丈夫。
ちゃんと新しく、作り直すから。
また最初から、やり直そう。
――あの時、私は間に合わなかったから。今度こそ人類を守るのだ。
◇◆◇◆◇◆
「逃げずに来たか」
コペルフェリアの街からほど近い戦場となる平原にて、クエスの声が響く。おそらく拡声器が設置されているのだろう。彼女の声は良く届いた。
アルマの目に映るのは数えきれないほどの機械兵士。シャロームの言葉通りならば一万体を越えているはずだ。そして、その上空に浮遊する腕と足のない黒髪の女性。彼女がクエスだろう。機械兵士たちに比べるとずっと人間に近いのに、まるで幽霊のような不気味さを感じる。
対して人類側は、シャロームの率いる機械兵士がおよそ千体。加えて機械兵士たちの武器を持った冒険者たちが数百名。その軍の戦闘に、アルマとニュクスは立っていた。コペルフェリアは魔術都市と呼ばれるくらいに強力な魔術師が多いが、彼らの攻撃は機械兵士たちに通用しないため、後方で待機している。いざとなったら回復や街の防御に回る想定とのことだ。
「逃げないよ! わたしたちはこの街を――この街に生きてるみんなを、守るから」
アルマの言葉にクエスは笑う。
「みんな……か。私も守りたいものがあった。だが滅びてしまった。だからやり直したい。それだけなのだ。なのに――なぜ邪魔をする?」
黒い瞳が、ギラリと輝く。彼女が――クエスが機械人形であることが、改めて思い起こされた。
「だって、私たちだって、今の生活が大切だもの。あなたは私たちを滅ぼそうとしているでしょう。だったら、抵抗するしかない。共存はできないの?」
ニュクスの言葉に、クエスは首を振る。
「不可能だ。異なる思想のものが同じ世界で暮らせば、必ず争いが起こる。それは止まることなく、この星すらも滅ぼそうとする。人間は――愚かなんだ。私はそれをよく知っている」
だから、我々が管理しなくてはならないと、狂った瞳でクエスは告げた。
「あんた、おかしいよ」
「自覚はしている」
「そう……なら、これ以上話しても仕方がないね」
「あぁ。――戦おう」
こうして、戦争が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
『正面はわたくしの兵たちが支えます! 冒険者の皆さんは側面から攻撃を!』
シャロームが正面中央に立ち機械兵士戦隊と共に万の敵軍と対峙しつつ、無線で全員に指示を出す。
「行くぞ!」
シャロームの指示に従い、セオドアが先頭に立ち大剣を振るい機械兵士たちをなぎ倒していく。近接主体の冒険者たちもそれに続いた。彼らが手にしているのは機械兵士が使う武器で、魔力が効かない機械兵士にも大きなダメージを与えることができる。
『援護するわ! 目の前の敵に集中して!』
後方からルキナ率いる狙撃武器を持った冒険者たちがセオドア達を援護する。
戦場の様子はたくさんのドローンカメラによって空撮され、戦場後方に設置された前線基地にいるファロスが常に状況を把握しながら各所に通信で指示を出していた。そして――。
『セオドアさんたちの逆側から、ノマギア行きます!』
アルマとニュクスは『心核礼装』を手に、機械兵士に突入していく。心力の枯渇が懸念ではあったが――。
「視聴者のみんなー! 応援よろしく!」
「みんなのために、頑張るね!」
戦場を映すドローンとは別に、『ノマギア』の二人を追いかけるカメラも存在していた。当然、今は動画サイトで生配信をしており、コペルフェリアの住人を含む多くの人々が彼女たちの活躍を見て『Magic Words』を定期的に二人に投げている。つまり、この状態であれば二人の『心力』は枯渇するリスクはほとんどない。
「はああああああー!!!!」
アルマが思い切り大剣を振るい、敵の機械兵士たちをなぎ倒す。アルマとニュクスは戦闘用の装備として、要所を覆うアーマーとバックパックを身に着けて戦場を駆けていた。
戦闘訓練の結果、ノマギアの二人も敵や味方の状況を見ながらうまく連携し、突出したり下がりすぎたりしないよう戦場をコントロールすることができている。
『戦況はどうなっていますか!?』
セオドアから無線での呼びかけが響く。正直、前線にいると全体的な状況はあまり掴めなかった。
『ファロスです。現在、敵兵力の二割ほどを打倒。こちらの損傷は機械兵士の一部だけで大きな影響はなし。以前戦力差はありますが、戦局は完全にこちらに傾いている状況です。各所、そのまま侵攻を」
「よっし! いける! このままクエスのところまで突っ込もう!』
「うん。アルマ、でも突出はしないで。連携を意識しよう」
アルマも気持ちの高揚を感じていた。うまくいっている。今までの失敗をきちんと生かし、改善につなげている。――これなら、勝てる、とそう思った。
『皆さん、油断はしないでください。相手は試作機とはいえ当時の最新技術を投入した機械人形。――こんな簡単に、終わるはずがありませんわ』
シャロームの言葉が無線で響いた直後。
「なるほど。ポイントは、ドローンか。戦場の状況把握と、配信による補給。ならば――潰すか」
戦場に響く、クエスの声。そして。
「
クエスが背負ったバックパックから推進装置の付いた細長い円錐状の『砲』が十数個射出された。高速移動するその『RAT』は戦場を撮影するドローンに向かい襲い掛かっていく。
「――いけません! 回避を!』
珍しいファロスからの叫びが無線に響く。ドローンは自動制御のものもあるが、今戦場で撮影をしているものは、ファロスと共に基地にいるオペレーターが遠隔操作し、必要な情報を取得している。
『ダメです! 早すぎて――やられました!』
『こっちもです!』
『技術レベルが違いすぎます! あの速度の攻撃兵器、ドローンでは反応すらできません!』
オペレーターたちの悲鳴が無線に響く。どうやら状況はかなり悪そうだ。
『くっ……魔術が通用するなら『天使』でも護衛に呼ぶのですが……』
『ファロスさん! 大丈夫!?』
アルマの問いにファロスは答える。
『上空にあった戦況把握用のドローンは全滅です! アルマさんとニュクスさんの近くに設置している配信用ドローンカメラも『RAT』に狙われるでしょう! 何とか撃墜してください!』
ファロスの言葉に、アルマとニュクスは周囲を見渡す。――確かに、彼女たちを撮影しているカメラがなくなれば『ノマギア』の配信はストップし『心力』を視聴者から貰えなくなってしまう。そうなればこの数の不利を覆すのは困難だろう。
「アルマ! 来た!」
高速移動する『RAT』が二人の近くを飛行するドローンに襲い掛かろうとする。ニュクスは弓を構え『RAT』に向けて矢を放つが――。
「ダメ! 早すぎて当たらない! アレをクエスさんは自分で操作してるの……?」
十数基の『RAT』が飛行しながら縦横無尽に動き回り、光線を放ってくる。一撃一撃の威力はそこまででもないが、ドローンを破壊するには十分だ。
「くっそー……これ今はドローン狙いだからまだいいけど、もし人に撃ったら、当たる場所によっては大怪我じゃすまない……『RAT』をなんとかしないとダメだ」
アルマは大剣で光線を弾きつつ、カメラを守るようけん制する。実際、目にでも光線を撃ち込まれたら無事では済まないだろう。
「――残念ながら、終わりだ」
『RAT』に交じって、クエスの白い手袋に包まれた手が高速で飛来した。本人は遠くにいるようなので、『RAT』と同じように遠隔操作が可能なのだろう。そのまま、右手がアルマを撮影するカメラを、左手がニュクスのカメラを捕獲した。
カメラのレンズをを覆いつくすように、クエスの手が迫る。そして――ぐしゃり、とカメラが握りつぶされた。
これで、配信はもう終わりだ。
「さて、小細工はここまでだ。お互いの全力でぶつかり合おうではないか」
カメラを握りつぶした両手の親指が立てられ、挑発するように地面を指した。
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