第23話:もしも山に登ったら

「……どうしよう」


 例の戦線布告の直後、アルマ達は慌ててファロスと連絡を取り、冒険者協会の一室で関係者を集めての会議に参加していた。


「ふむ……シャロームさん。例の映像で流れていたような殺戮兵器、実際に使用される可能性はありますかね?」


 ファロスがシャロームに問う。彼の他に、セオドアとルキナ、それと何名かの冒険者たちが会議室に集まっていた。


「映っていたのは旧時代に実際にあった兵器ですわね。実物が残っている可能性は低いですが、製造方法に関するデータはサルベージ可能かと思われますし、材料の準備も不可能ではないでしょうから……結論、使用される可能性はあります。ただ――アレは国を滅ぼすための兵器ですから、この規模の戦闘であえて持ち出すとは思えませんわ」


「なるほど。アレはあくまで脅しだと?」


「ええ。ただ、もっと小規模かつ高性能な兵器は多数存在します。それこそ、化学兵器を用いれば民間人を殺害することも容易いでしょう。――要するに、提案に乗らないなら一方的な虐殺が可能だぞ、ということを暗に示しているのでしょうね」


 シャロームの言葉に室内が沈黙する。確かに、あれだけの技術だ。しかも機械人形たちの兵器は基本的に魔術と相性が悪い。強力な結界術を用いても貫通される可能性があるし、魔術で相殺しようにも無効化される可能性が高い。


「やはり、クエスの言った通り、十日後の決戦に乗るのが良さそうですか。……しかし、彼女はなぜわざわざそんな提案を? 一般人を巻き込むことや、街が破壊されることをを嫌がっていたようですが」


 ファロスの問いはもっともだ。戦力差を考えれば一方的名侵略も可能だろう。


「わたくしも計画の全貌までは知りませんが、想像はつきますわ。クエスはこの世界に暮らす人類を実験動物として、旧人類の再生を試みるつもりなのでしょう。そして、ここの都市機構を乗っ取ることで、ネットワークを支配し、この大陸全体を意のままにしようとしているのかと」


「……確かに、このコペルフェリアは魔導ネットワークの中心であり、大陸内最先端の技術を有するが故、あらゆる都市に技術提供を行っています。ここを乗っ取ってしまえば、ネットワークでつながる都市はすべて操ることが可能、ですか」


 ファロスが珍しく眉を顰めている。


「そもそも、この都市における魔導技術の基盤が旧時代のものと酷似していますわ。……何世代も古いですが。おそらく、旧時代の遺物をもとに作り上げたのではありませんか?」


「おっしゃる通りです。それに加えて、異世界からの住人による知識や技術の提供がありましたが……いずれにしても、あなた方のような高度な機械人形と比べれば稚拙な技術なのでしょうね」


「その分、こちらの世界においては魔力という特殊なエネルギーがありますから、一概に優劣というわけではありません。ただ、クエスたちは事前に魔力を分析し、その対策として魔術の無効化をしていたのが大きいですわね。……いずれにせよ、十日後、彼女たちに勝つ方法を考えなくてはなりませんわ」


 シャロームはホワイトボードに美しい文字を書き連ねる。


「まず戦力差ですが、わたくしが保有する機械兵士の戦力はおよそ千。対して向こうは一万以上。単純に十倍以上の差があります。加えて高性能な機械兵士と、クエスほどではないですが機械人形も最低二体。ただぶつかれば即座に敗北するでしょう」


「こっちの戦力は、わたしと、ニュクスと、シャロームさん? きっつ!」


 アルマは思わず声を上げた。


「他に戦えそうな人は……?」


「もちろん、僕や冒険者たちが戦うこと自体は可能だけど……今の武器では戦力になるかどうか」


 ニュクスの問いにセオドアが答える。その言葉に冒険者たちも頷いた。


「そこはわたくしがカバーしますわ。機械兵士用の武器をお渡しすれば、一定の戦力にはなれるかと。魔力は肉体の強化のみに使用いただき、純粋な武器の威力で戦ってもらうことにはなるので不自由はあるかと思いますが」


「いや、それでも大分助かる」


「一部、本体からのエネルギー供給を前提としている兵器もあるので、そこに関しては魔力からの変換機構が準備できないか検討してみますわ」


「魔導技術研究所とも連携を取りましょう」


 にわかに室内が慌ただしくなる。アルマとニュクスは大人たちが色々なところと連絡を取り、話し合う様子を眺めていた。


「――アルマ。私たち、勝てるかな」


 ニュクスがポツリと呟く。


「……とりあえずわたしたちは、あのクエスとかいう機械人形を倒さなきゃならないんだよね」


 二人は実際に会ったわけではないが、シャロームが言うには彼女自身よりも強いらしい。


「……とりあえず、訓練しよっか。アルマ、一緒に」


「うん。いいよ。難しいことは大人に任せよう。わたしたちは、やるべきことを」


 ファロスに抜けることを伝えて、アルマとニュクスは訓練所へと向かう。結局のところ、彼女たちにできることは戦うこと、そして――視聴者を増やすことだ。悲観しても仕方がない、まずは目の前でできることを。


「明日あたり、雑談配信とかする?」


「シャロームさん忙しそうだもんね。でもこのタイミングだと色々聞かれそうじゃない……?」


 確かに、ニュクスの言う通り。絶対に先ほどの宣戦布告に関するコメントで溢れそうだ。


「月子さんに相談に相談してみよっかな。わたし達戦いの経験は積んだけど、配信者としての訓練はこれからって感じだし」


「そうだね。いいかも。メッセージ送っておこう」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「と、言うわけで。本日の企画は、山登りでーす!」


『わー』


 アルマとニュクスはよくわからないままパチパチと拍手をした。そして。


『……なんで?』


 メッセージを送った翌朝。しっかりと運動用のジャージを身に纏い『Vtuber』の姿でコペルフェリアから少し離れた山の入り口に立つアルマ、ニュクスと天乃月子。


「たまにはVlog撮るのもいいかなと思いまして。生配信ではなくて動画撮影をして、編集して配信という形をとりましょう」


Vlog、というのは、要するに動画で日常や旅行などを撮影してそれを発信することらしい。


「は、はぁ……。でも私達こんなことしてていいのかな……?」


 昨日は結局、夜遅くまで色々な話し合いが行われていて、今日もバタバタと何かしているようだ。今日の『ノマギア』の活動について一応ファロスに連絡をしたものの、いつもと異なり『お任せします。発言だけには気を付けて』という返答だけだったのでよほど切羽詰まっているのだろう。


「例のクエスさんとの戦いの準備で二人が役立つことは特にないんでしょう? だったらリスナーを楽しませる為に行動したほうが良いですよ。それができるのはあなた達だけなんですから」


「まぁそっか。確かにたとえばファロスさんが出演したところで、わたしたちの視聴者さんはたぶん喜ばないもんね」


 一定の需要はあるかもしれないが、少なくとも期待したものではないだろう。


「ですです。じゃ、行きますか、登山。一応午前中は事前に人払いしてあるんで、他に人はいないはずです」


 この山は観光スポットになっていて、入山時に手続きがいる。それを済ませていなければ、正規の入り口から入ることができないよう、結界が張られているのだ。


「でも、なんで登山?」


「色々と慌ただしいですからね。たまには自然に触れてのんびりとリフレッシュしたほうがいいかなと。この山はわたくし個人的に好きでよく来ますから案内もできますしね」


 どうやらアルマとニュクスの状況を気遣ってくれているようだ。


「そうなんですか……ここに山があるのは知っていたけど、来るのは初めてです」


 ニュクスの言葉にアルマは驚くと同時、納得した。


「えっ、あーでもそうか。わたしもよく考えたら学校の遠足でしか来たことないや」


 ニュクスにそういった機会はなかっただろうし、初めてなのも当然だろう。


「大きくなってから登ると、気分も違うと思いますよ。では、ドローンカメラ起動しますね。では、スタート!」


 三人はカメラに向かって自己紹介をして、軽く今日の趣旨を説明し、山を登り始める。


「――こんなに、緑が豊かなんだね。初めてかも。ここまでの自然に触れるの」


 感動するニュクスを見ながら、アルマ自身も新鮮な気持ちで山道を登っていた。小さなころには気が付かなかった、自然。鳥や、虫や、植物。そして何より新鮮な空気を体全体で感じながら、三人は頂上を目指す。子供でも登れるような山なので、お昼になる前に頂上へとたどり着いた。そして――。


「――景色、すごい」


 ニュクスが、呆けたようにあたりを見渡していた。


 コペルフェリアの周辺は、平原になっている。整備された街道や、鉄道も通っているため、アルマも別に遠くから見て楽しいところではないと思っていた。だが。


「……街って、すごいね」


 目に映るのは、人々の営み。街を守るために創られた塀、色とりどりの建物。そこに至るまでの道。遠くへと続いていく線路。さらにその先に映る雄大な自然。


「いいですよね。ここへ来ると、人間は自然の一部を借りているだけなんだと思い知りますし、暮らすためにたくさんのものを創り上げた人々の歴史が見えます。――わたくしは、異世界から来ましたから、懐かしさはないはずなんですが。それでもどことなく郷愁を感じてしまいますね」


 別に、田舎町でも何でもない。むしろこの大陸では最先端の街。でも、自分たちが生まれ育ち、日々を過ごしている、大事な場所。


「――ニュクス」


「なに?」


「守らなきゃね、この景色」


「……うん。そうだね」


「みんな、そう思っていますよ。だから、背負いすぎないで」


 天乃月子は、街を見つめるアルマとニュクスの肩にそっと手を置いた。


 そろそろ日が昇りきる。この場所へ連れて来てくれたことに感謝をしながら、アルマとニュクスは山を後にするのだった。





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