少女たちは夢を叶える

第22話:もしも宣戦布告されたなら

『……シャロームが人間と手を組んだか』


 黒髪を肩口で切りそろえた女性型の機械人形が呟く。だが音声はない。あくまでこれは思考言語。機械の世界において音による意思伝達は不要だからだ。


『変質し、過去の思想を捨て去った愚か者。手を組む余地はあるかと思ったが――人間に与するとは、長期稼働で故障でもしたか? ……だが、これ以上放置すれば脅威になりうる。新人類諸共、処理せねば』


 機械人形は笑みを浮かべ、その場に


「――では、宣戦布告といこう」


 冷たく、美しい声が空気を震わせた。


◇◆◇◆◇◆

 

「本日の企画は――第五回、ノマギアvsシャローム、訓練試合でーす!」


 冒険者協会にある広い訓練所。その中でノマギアの二人とシャローム、それに機械兵士たちが集まっていた。


「ほっほっほ。前回無様な敗北を喫したこと、お忘れになったのかしら?」


「人は成長するものだから! 今回はいける!」


 すでに何度も訓練という形で撮影を行っていたが、今のところシャロームが優勢である。


「……でも、新兵器の扱い、難しいね」


 アルマとニュクスは今までと異なり、特殊な鎧のようなものを着用していた。手にした武器である『心核礼装』と似たようなデザインで、所々発光している。


「当然ですわ。それはもともと私たち機械人形向けの兵装ですもの。でも、それが扱えなければこれから先、戦いになりませんわよ。実際わたくしにも苦戦しているわけですし」


「えーでも、あの武道館の時みたいに私が防御でニュクスが遠距離攻撃すれば何とかなるんじゃ?」


 アルマが遠距離攻撃を身を挺して庇い、ニュクスが攻撃するという戦法はかなり有効だったように思う。


「防御しきれる威力とも限りませんし、ニュクスさんが攻撃できない状況もあり得ます。アルマさんも攻撃手段がないとさすがに厳しいですわ。……敵の性能は、わたくしよりも上ですし」


「……え、そうなんですか」


「ええ。以前わたくしはエクスの他、もう一体の機械人形と接触してますの。エクスは旧世代機だったのですが――『彼女』は最新機種のさらに先、開発中の試作機でした。つまり、現存するあらゆる機械人形の中で最高スペックということですわ」


「そんなに……強いのですか」


「戦闘能力そのものは武装に依存するのですが、処理能力や演算の速度等、頭脳に関するスペックが数段上でして、普通に戦えばわたくしはまず勝てません」


「だから、わたしたちに期待してるってこと?」


「ええ。機械人形同士だとどうしても思考が読まれてしまいますので。――さ、説明はこのくらいにして、撮影準備を始めましょうか」


 今回は訓練ということもあり、動画として編集したものを『ノマギア』のチャンネルで投稿する予定だった。訓練だとどうしても、アドバイスや訓練のパートが挟まるのでテンポに難があるのだ。


「おっけー。じゃ、撮影用のドローンカメラを起動して……アレ? なんか動かない」


 アルマがカメラのスイッチを入れようと試みるが、反応がない。――その時、訓練所に設置されているディスプレイが突然起動し、スピーカーからノイズが流れ出した。


「……え、なに、どうしたの?」


「――これは……どこからか干渉を受けているようですわ。この街の魔導ネットワークに侵入して、そこ経由でディスプレイを乗っ取った……? こんなことができるのは――」


 シャロームが眉を顰める。その瞬間。


「――ごきげんよう。『ノマギア』のお二人。おや。シャロームも一緒か」


 言葉と同時に、ディスプレイに黒髪の女性が映る。肩から上しか映っていないので、体格などはよくわからない。


「誰!?」


 アルマが叫ぶ。黒髪の女性は怪訝そうな顔をした。


「ふむ。シャロームからは何も聞いていないか。私はQS-00001。通称クエス。現人類を滅ぼし、旧人類の再生を目指す機械人形をまとめる立場にいる」


「つまり……ボスキャラってこと?」


 アルマの言葉にクエスは薄く笑みを浮かべた。


「あぁ、その認識で大丈夫だ。そして――私は本日、宣戦布告のためにここへ来た」


「来た? カメラとディスプレイを乗っ取っただけでしょう? 重要施設以外はセキュリティが甘いですものね、この街」


 シャロームの言葉に、アルマ達は思わずドローンカメラを見る。カメラの映像をリアルタイムで確認している、ということだろう。つまり、現行の魔導技術では機械人形にあっさり支配されてしまう状況ということだ。


「結界の解析には多少時間がかかったが、エクスの戦闘時にデータは取れていたからな。――その気になれば、この街にある魔導具を自由に操ることも不可能ではない」


「そんな……」


 ニュクスの言葉に、シャロームが彼女の肩を叩く。


「大丈夫ですわ。重要設備のセキュリティはファロスさんと連携してわたくしが強化済みです。現状では、その辺のネットワーク接続機能のある魔導具を乗っ取る程度しかできないはず」


「そうだな。兵器や中核システムにはまだアクセスはできんが、遠隔操作可能な魔導具を暴走させてこの街を混乱に陥れることは可能だ。――まぁ、そんなつまらんことはしないが」


「ふーん。じゃあ、一体何しに来たの?」


 アルマの問いにクエスは一言告げる。


「宣戦布告だ。まずは――この街の中央にある巨大ディスプレイの前に移動しろ」


◇◆◇◆◇◆


「……なに、これ」


 アルマは思わず呟く。街の中央にある広場には巨大なディスプレイが設置されていて、平時は広告などを流しているが、緊急時の連絡手段としても使われる。現在も多くの人が集まっていた。そこに映されていたのは――。


「……戦争?」


 何らかの武器により、建物が、自然が、大地が吹き飛ばされている様子だ。大魔術でも実現困難なレベルの破壊がまき散らされている様子。そして映像は切り替わり――崩壊した町が映しだされる。凄惨な様子に、アルマも眉を顰め、ニュクスは顔を逸らした。周りの人々からも小さな悲鳴が上がっている。


「──これが、かつて世界で起こったことだ。思想の違いにより争いが起こり、強力な兵器でお互いを焼き尽くした。そうして――人類は滅び、長き時を経て、同じことがまた起ころうとしている」


 冷たい声が響くと同時、ディスプレイに映ったのは椅子に腰かけるクエスの後ろ姿だった。ざわざわと人々の声が響く中、彼女は椅子ごとくるりと振り向く。人形のごとく整った顔。切り揃えられた黒髪。制服を連想させるきちんとした服。そして――。


「手足が、ない……?」


 先ほどアルマ達が見た際はアップだったのでわからなかったが、シャロームやエクスとは異なり、クエスの腕、そして腿から先は存在しなかった。より正確には、二の腕と腿の途中で手足が切断されたようになくなっていて、その断面は発光し、何らかの機械が覗いている。


「――あぁ、そうか。貴様らにとっては異形だったな。手や足など必要としないから忘れていたよ。……これで少しは、見慣れた姿か?」


 ふわり、とその場に浮かび上がったクエス。カメラが引かれ、人間であれば手があるはずの位置に、白手袋に包まれた手が浮遊している様子が映る。アルマから見ると、より異質さが増したように思えた。ただ、手だけが浮いているのだ。なまじ整った人間そのものの容姿だからこそ余計にだ。


「……ふむ。恐怖、嫌悪、憐憫。様々な感情が読み取れる。対話をするなら容姿を近づけることは必要だったか。――だが、今日はこれでいい」


 クエスはにやり、と笑うとその浮遊する両手を広げた。――まるで幽霊みたいだと、アルマは思う。


「私はクエス。滅びた世界で生き残った機械人形だ。かつて存在した旧人類の願いを受け継ぎ――旧人類の再生を行った上で、この世界を支配する」


 その言葉に、広場に集まった人たちのざわめきが大きくなった。――本来なら、荒唐無稽と笑い飛ばせるような言葉。だが、彼女の異形と、何より先ほど見せられた映像が、真実味を増す。先ほど見た兵器を用いれば、この街を吹き飛ばすことなど容易だと思えるからだ。


「だが、私としては一般人を巻き込むことは望んでいない。都市機能も可能なら無傷で入手したいところだからな。そこで――今から十日後。先日エクスという機械人形と戦闘した場所で、再び決戦を行いたい。お前たちが勝てば我々は撤退しよう。負ければその都市は占拠させてもらう。その際も、民間人を攻撃することはないと保障しよう」


 身勝手な言い分だと思った。だが――相手がその気になれば、この街を滅ぼされかねない。下手に刺激するのは危険だ。


「――この街のトップにも伝えておけ。では、十日後に」


 浮遊したクエスの左手が、カメラにゆっくりと近づく。


 そして──画面が浮遊した手のひらに包まれ、ぐしゃり、と握りつぶされた。


 まるで、お前たちなんて簡単に潰せるぞ、と示すかのように。





 

 



 




 

 

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