第20話:もしもお嬢様をぶっ飛ばしたら
「さぁ、では――いきますわよっ!」
シャロームが振るった鞭がアルマに襲い掛かる。彼女の意思で動く鞭は無軌道にステージを跳ね回り、甲高い音を立てた。
「――速い、けど……今日は追える!」
アルマに向かって放たれた鞭を『グラム』で打ち払う。その隙をついてニュクスがシャロームへと矢を放った。
「むっ、やりますわねっ!」
シャロームは鞭を引き、後方に飛び退って矢を躱した。応援により『心力』が増加しているため、ノマギアの二人には前回よりはかなり戦いやすい状況だ。
「……これなら、いける……!」
ニュクスがそう呟き再び弓を引き絞った瞬間。
「――では、本気を出しましょうか」
シャロームが笑みを浮かべると、彼女の纏うドレスがはためき、発光を始めた。そして――。
『おっと、シャローム選手の衣装が……? なんと――飛んだあああああー!!!!』
天乃月子の叫びが会場内に響く。その言葉の通り、シャロームのドレスから光が噴出された瞬間、彼女は高く舞い上がった。どうやら、ドレスの中には推進装置が仕込まれていたようだ。しかも上に飛ぶだけでなく、かなり小刻みに軌道を変えながら飛行している。
「うっそ。飛べるの!? ずるくない!?」
「と、とりあえず狙うね……って、わあああああ!?」
ニュクスが飛行するシャロームに向けて弓を放った瞬間、シャロームの手にいつの間にやら握られていた長い銃から光線が発射された。アルマとニュクスは慌てて上空からの狙撃を回避する。
「ほっほっほっ。狙い撃ちですわー」
シャロームは余裕の表情で上空から散発的に光線を発射している。結構な頻度で発射されているため、ニュクスは反撃する余裕が作れない状況だった。そもそも射程の関係でどうしようもないアルマも逃げ回ることしかできない。
「くっそー! どうしよう……」
『シャローム選手の空中からの狙撃に、ノマギアの二人は逃げることしかできません! さぁ、大ピンチですが……解説のファロスさん、いかがでしょうか?』
実は解説としてファロスが呼ばれていたが、アルマとニュクスは余裕がなくあまり何を話しているかを聞いていなかった。
『そうですね……まず、空中にいる相手に対して、地上から攻撃するのは非常に困難です。隙を狙って反撃しても、照準が甘くすぐに回避されてしまいます。対抗するには――安定した狙撃ができる状況が必要ですね」
ファロスの言葉が終わる前に、アルマが叫んだ。
「わたしが盾になるから、ニュクス、反撃頼んだ!」
「アルマ!?」
「大丈夫! 死なないし、守る!」
アルマが、小さい体で大きな剣を構え、空を睨みつける。
ニュクスは返事をする間も惜しんで、アルマの後ろで弓を構えた。闇雲に射ても当たらない。
「――わかった。アルマ、お願い」
「オッケー。その代わり――絶対に、倒して」
ニュクスは大きく深呼吸した。今までに向けられたことのない信頼と、プレッシャー。でも、そこから逃げるわけにはいかないと、しっかりアルマを見つめた。
「うん。任せて」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――矢は、正しく狙えば必ず当たると、そう言われた。
ニュクス使う矢は実物ではない。『心力』が実体化した、つまり彼女の心そのものである。
「だったら、絶対に当たる」
当てる、という願いが込められた矢だ。正しく放てば必ず目標を貫く。問題は。
「威力が、足りない……」
シャロームの狙撃は断続的に続いている。アルマがニュクスに届こうとする銃撃を剣で、あるいはその身体で防いでいる。強力ではあるが、一撃で戦闘不能になるほどの威力ではない。そして、ニュクスの矢も同程度の攻撃力だ。シャロームを一撃で倒すには至らない。
矢を番え、弓を引き絞る。でも、このままでは倒せない、ならば、どうすれば――?
「ニュクス! わたしたちは、二人だけで戦ってるわけじゃないよ!」
緊張と、集中で閉ざしていた耳に、アルマの声が届く。そして――同時に、ニュクスの耳と目に、応援の声が届いた。
「魔法の……言葉」
Magic Word。人々の想いが、力へと変わる、文字通りの魔法。
色とりどりのメッセージが、画面を飛び出す。発された声が、色を纏って、会場へ溢れ出す。いつの間にか見上げた空に、無数の言葉が舞っていた。
「な、なんですのこれ!? 魔術!? いえ……これは……魔法?」
シャロームの言葉が空へと響く。その周りを取り巻くように駆け巡る魔法の言葉は、心の力へと変換され、ニュクスが番える矢に集まっていく。まばゆい光を放つ、虹色の矢。
「ニュクス、いけえええええええー!」
アルマの言葉に背中を押され、ニュクスは引き絞った弓から矢を放つ。
虹色の輝きが、空へと昇っていく。会場を包み込むキラキラした光。シャロームは回避を試みるが――。
「追尾機能!? くっ、避けきれない――!」
シャロームの動きに合わせるように、矢の軌跡は弧を描き、武道館の会場に大きな虹がかかった。その終点、虹の根元で、シャロームの胸部を矢が貫き――会場は光に包まれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『――さぁ、視界が戻りました。状況は――?』
天乃月子の言葉が静まり返った会場に響く。虹色の輝きで視界が閉ざされたのち、ニュクスの矢によって結界で守られていたはずのステージが破損したらしく、煙が立ち込めていた。
煙が晴れた後に目に入ったのは――呆然と立ち尽くす『ノマギア』の二人と、豪華なドレスで倒れ伏すシャロームの姿だった。
『おっと! これは――シャローム選手ダウン! カウントを取ります!』
天乃月子のテンカウントが会場に響く中、アルマがニュクスに駆け寄り――思い切り抱きついてきた。
「あ、ああああああアルマ!?」
「すごいよ! やったじゃんニュクス! かっこよかった!」
「……ううん。アルマと、みんなのおかげだよ」
よく見ると、アルマの衣装はボロボロで顔も汚れていた。それだけ頑張ってくれた証拠だろう。
「わたしは、大したことしてないけど――でも、みんなのおかげはそうだね。……よし、見てくれてる人に、お礼を言おう! せーので、ありがとうございましたね。いくよ、三、二、一……」
アルマの速すぎるテンポに驚きつつ、ニュクスもアルマと手を繋ぎ、会場の応援席と、カメラに体を向ける。
『ありがとうございましたー!!!!』
二人で、笑みを浮かべ、感謝の言葉を述べる。その瞬間、天乃月子のカウントも終わり、ノマギアの勝利が確定した。
『ということで、『ノマギアVSシャローム、真夏の大決戦!』の勝者は、ノマギアのお二人でした! お二人に盛大な拍手を!』
コメントと、会場に拍手が鳴り響く。
「――少しだけ、頑張れたかな」
ニュクスは小さく呟いた。あの日、アルマが手を取ってくれたから、自分はここにいる。その恩返しを、少しでもできただろうかと。
「めっちゃ頑張ったよ。わたしも、ニュクスも。だってほら、こんなにみんな喜んでくれてるんだから」
「うん……こんな私を、こんなに応援してくれるなんて」
「こんな、って言わないの」
「そうだね。……今日、一歩夢に近づいた気がする。魔族だって、魔力がなくたって、こうして頑張れるんだって、これだけ、応援してもらえるんだってところ、少しは見せられた気がする」
ニュクスの手が、アルマに握られる。――先ほど緊張していた時とは違う、暖かい手。
「とりあえず、お疲れ様!」
そう言って、笑い合う。まずはイベントの成功を、心から祝おう。
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