第19話:もしも武道館で戦ったら

『ご来場の皆様、改めて本日は『ノマギアVSシャローム、真夏の大決戦!』にお越しくださいましてありがとうございます! まずは自己紹介を。異世界からこんにちは! 本日の司会を務めさせていただくことになりました、天乃月子でーす! よろしくお願いしまーす!』


 会場に響く天乃月子の呼びかけに、館内は歓声で包まれた。さすがは人気配信者だ。


『ではさっそく、このコペルフェリア武道館で戦ってもらう選手の入場を始めたいと思います! まずはこの戦いの主人公! 新人Vtuberユニット、『ノマギア』のお二人でーす!』


(せーの)


「あ、アルマ!」


「……ニュクス!」


『二人合わせて、ノマギアでーす! 本日は、よろしくお願いしますー!』


 アルマとニュクスはこの日のために準備した衣装に身を包み、緊張しながらステージで挨拶をする。武道館という構造上、客席はステージを囲むように見下ろす配置になっていた。ステージの奥に大きなディスプレイが設置されているため、その後方に客はいないが、それでも数千人は収容可能な会場である。


「や、やば。手、震える……」


 隣でアルマが小さく呟く。今はマイクはミュートにしていて、会場に声は届かないが、ニュクスも同じ気持ちだ。油断すると座り込んでしまいそうなくらいの不安。……でも。


「お、落ち着こう」


 ニュクスは震える右手で、アルマの左手を握った。ニュクスの手よりも小さく、やわらかいその手が、いつもよりずっと冷たい。思わず、力を込めた。励ますように。安心させるように。


「……うん、ありがとう」


 アルマ達が心を落ち着けている間に、対戦相手の入場が始まる。


『それでは、対戦相手――『シャローム』の入場です!』


 ――その様は、まるで童話のお姫様のように優雅だった。紫を基調としたドレスを身に纏い、長い髪を巻き、手には扇子。観客に手を振り、微笑みを浮かべながら悠々と歩いてくる。ガチガチに緊張した『ノマギア』とは対照的な余裕。先日の配信の時とは全く異なる姿。


「――これが、本来の、シャロームさん……」


「なんか……口調だけじゃなくて本当にお嬢様だね」


 アルマとニュクスがぼそぼそ話していると、シャロームがマイクを手にして口を開いた。


「お集まりの皆様ごきげんよう! 原初にして最強で最上のお嬢様、シャロームです! 本日はわたくしの舞台にご来場くださりまして誠にありがとうございますわー!」


「いや、あんたの舞台じゃないでしょ! メインはわたしたち!」


 アルマがとっさに反論していた。反応が早い。


「あーら何をおっしゃっているの? そんなに小鹿のように震えて、お客様を楽しませることができるのかしら!?」


「ふ、震えてない!」


「じゃあどうしてそんな風に二人で手を取り合っているの?」


「そ……それは、す、好きだから!」


「ええ? あ、アルマ……恥ずかしい」


 勢いでよくわからないことをいうアルマ。


「好き! それは素晴らしいですわー! ……でも、この会場の皆様が見に来てらっしゃるのは、ラブロマンスではなく、バトル。――さぁ、冗談はここまでにして、戦いを始めましょうか。『ノマギア』のお二人さん」


 シャロームとノマギアがステージ上で向かい合う。


『――はい! ということで両者バチバチの展開ですが、わたくしの方から簡単にルールの説明を挟ませていただきますね! まぁ簡単に言うと──どんな手を使ってもいいので、相手を戦闘不能にした方の勝ちです! どうぞ心置きなく、ボッコボコにしちゃってくださいねー。一応生命の危機はないように結界が貼られてますので思う存分戦えますよ』


 思ったよりも簡素で危険なルールだった。


「さて。『ノマギア』のお二人さん。いきなりわたくしを相手にするにはあなた方は実力不足。そして経験不足ですわね。その固くなった体で、十分に戦えるとは思えないですし、すぐに終わってしまっては見に来てくださった皆さんにも不誠実。……ということで、まずは小手調べですわ」


 シャロームがパチリ、と指を鳴らすと、三十体を超える機械兵士たちがステージに向かって駆けてきた。


「――さぁ、まずはこの兵士たちを突破してみせてくださいまし!」


 シャロームはステージから降り、悠然と笑みを浮かべた。


「舐めやがって……! やるよ、ニュクス!」


「うん! アルマ、援護するね!」


 二人とも、いつのまにか手の冷えや震えは収まっていた。……もしかしたら、シャロームはここまで計算してあんな物言いをしたのかもしれない。ニュクスはそんなことを考える。


『おっと、いきなり乱戦になりそうですね! では、改めて。試合、開始! でーす!』


 天乃月子の合図と同時にゴングが鳴り響き、それを合図にするかのようにニュクスが矢を放つ。アルマに向けて向かって来ようとした三体の機械兵士が一瞬で粉砕された。――機械兵士はそもそも生き物ではないということで、結界の対象には入っていないようだ。


『さて、実はこの戦い、現在『ノマギア』チャンネルで生配信されております! そちらをご覧になっている皆様の応援は『Magic Word』として『ノマギア』の二人に届くようになっており――わかりやすく言うと、配信を見て応援すると二人がパワーアップする仕組みとなっています! もちろんここ、現地にいる皆さんの応援も届くような仕組みになっていますから、みんなしっかり声出していきましょう!』


 どのくらい見てくれているのかはわからないが、配信を見て、応援をしてくれている人はたくさんいるのだ。それが証拠に――。


「ニュクス! ディスプレイにいっぱい、コメントが映ってるよ!」


 アルマの言葉通り。ステージ奥のディスプレイには配信画面が映されていて、アルマ、ニュクスが戦う姿と、視聴者の多数のコメントが流れていた。いくつもの応援の声が画面を流れていく。遠くから、顔もわからない人々の応援が届く。そして――。


「頑張れー!」


「倒せー!」


「かわいいー!」


 様々な声が、文字ではなく音として届く。今日の戦いの前に何度も配信をした。色々な冒険者協会の案件を受けた。動画を作ってSNSで流し、それ以外にも様々な広報活動をした。その成果が実を結び、たくさんのお客さんと声援へと変わっているのだろう。


「すごい……力が、たくさんもらえる。『心力』だけじゃない。声援そのものに、元気を貰えるんだ――知らなかった。人から応援されることが、こんなにも嬉しいなんて」


 ニュクスは思わず声を発していた。彼女は魔族で、これまでの暮らしでは迫害されるばかりだった。それが――こんなに変わるなんて。


「――みんな、ありがとう。……アルマ、あの時、手を取ってくれて、ありがとう。私は、ここに来られて、良かった」


 ニュクスは溢れる涙をこらえながら、一撃で十の矢を放つ。その矢は追尾するように機械兵士達を穿ち、アルマが五体の敵を薙ぎ払う間に、残っていたすべての機械兵士を粉砕した。


「ニュクス……すごい」


「うん……だって、こんなに応援してもらってるんだから、頑張らないと」


『おーっと! 『ノマギア』余裕の撃破です! これはもう緊張もすっかりほぐれていそうですね! 視聴者の方、そして会場の皆さんからの応援がばっちり届いている様子です!』


 天乃月子のコメントに合わせるように、シャロームが再びステージへと上ってきた。特に『ノマギア』の活躍に驚く様子はない。先ほどまでと同じく、不敵な笑みを浮かべている。


「――さて、これで少しは、面白い試合になりそうですわね。では、あらためて始めましょう。アルマさん、ニュクスさん。このわたくし、シャロームが、あなた方をぶちのめして、例のデータを頂戴いたしますわ」


「こっちのセリフ! あなたを倒して、あの工場で何を作って、何を企んでいるのか、全部教えてもらうんだから!」


「……うん。街の人の、世界の人たちのために、私たちはあなたを倒す!」


『――では、改めて、試合開始!』


 鳴り響くゴング。ついに、決戦が始まった。



 


 

 


 




 





 

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