第17話:もしもお嬢様に襲われても

「ほほほほほ! さぁ覚悟してくださいまし!」


 シャロームは思い切り手にした黒い鞭を振るう。それは甲高い音を立て、蛇のようにアルマに襲い掛かった。


「いったあああああああい!!!!!」


 右手を思い切り打たれ、アルマは悲鳴を上げる。


「アルマ! 大丈夫!?」


「めちゃくちゃ痛い!」

 

 とりあえず大怪我ではなさそうだ。ニュクスは胸を撫でおろす。


「え……? なんであれで痛いで済むんですの? 魔力で防御ができない状況なら確実に骨が折れる威力でしたわよ……ゴリラ?」


「誰がゴリラだ! かわいいJKでしょどう見ても!」


「JKは金属の鞭で打たれたら動けないと思いますわ……そうか。あなた達、何か力をお持ちですわね?」


「あっ、バレた」


「そりゃそうだよ」


「そう……なら、手加減は不要ですわね」


 シャロームは大きく鞭を振りかぶり、アルマに再び叩きつける。アルマは回避を試みるが、不規則な動きについていけていない。何とかグラムで弾いているが、手足に掠っており皮膚が裂けている。


「アルマ! 気をつけろ! それは普通の鞭じゃない! おそらく追尾機構が搭載されている!」


 セオドアの叫びに、シャロームは笑みを浮かべた。


「あら。さすがは腕利きの冒険者さん。一目見てわかるんですのね。そう、こちらは振るう挙動に合わせて対象を自動追尾する機能がついておりますので、基本的に回避は不可能ですわ」


「なんそれ……! 反則じゃん!」


「ほほほ。持てる技術を活用するのは当然でしょう? それに――まだまだ奥の手がございますわよ」


 ニュクスはアルマを援護しようと矢を放つが鞭に弾かれてしまう。追尾機構は防御にも有効なようだ。


「……奥の手? あっ」


 アルマが一瞬気を逸らした瞬間、アルマの持つグラムに鞭が。そして――。


「うあああああああああー!!!!!!」


 アルマの全身が弾かれたように跳ねる。鞭から電流が流れているようだ。


「アルマ!」


 ニュクスはアルマに向けて走りながら、アルテミスでシャロームを狙う。先ほどと同様に矢は鞭で弾かれたが、その挙動で、グラムに絡みついた鞭は外れた。アルマはその場に倒れこむ。


「大丈夫!?」


 ニュクスは弓を放ちながらアルマの横にしゃがみ込む。ひとまず意識はありそうだ。


「だ、だいじょうぶ、だけど……やばい、アレ喰らったらしばらく動けない」


 シャロームは二人の方を見て微笑む。


「さぁ、覚悟はいいですわね? 大丈夫、命は取りませんわ。ただ……魔力以外の力があるというのは、わたくしたちにとって脅威ですから。しっかりと調べさせていただきますわね」


 ここで捕まるのはまずい。『心力』は今のところ対機械人形の切り札の一つである。不用意に解析されてしまっては対抗手段が生み出されてしまう可能性がある。


「……だめだ、まだ体動かない……。ニュクス。わたしが引き付けるから、セオドアさんと逃げて……」


 アルマはまだ立つこともままならない状況だった。ニュクスはシャロームを遠ざけるべく矢を射る。が。


「遅いですわ。その程度ではわたくしには通用しません」


 シャロームの振るう鞭で、あっさりと弾かれる。


「……アルマは、私が守る」


 ニュクスはアルマの前に立ちはだかる。いざとなったら身を挺して彼女を守るつもりだった。


「ニュクス……」


 アルマが必死に立ち上がろうともがく。その時。


「二人とも、ちょっと自己犠牲の精神が強すぎるな、反省事項だ。まずは二人で生き残る方法を考えること」


 そんなことを呟きながら、シャロームとアルマ達の間に立ち塞がったのはセオドアだ。まだ右手にはカメラを構えたままなのが生真面目さを感じさせる。


「セオドアさん……戦えるんですか?」


「カメラで結構『心力』使っているからね……ま、時間くらいは稼ぐよ」


 セオドアは言いながら懐から拳銃を取り出そうとした。さすがに大剣ではないようだが、果たして対抗可能なんだろうか……? ニュクスが疑問を抱いたその時。


「……それ、右手の。……カメラ、ですの?」


 シャロームが目を見開きながら問いかけた。


「? ああ、そうだけど」


「それで……ここまでの戦いの撮影を?」


「うん? それはもちろん」


 シャロームはセオドアの言葉を聞くと両頬を抑え、しゃがみ込んだ。


「……わ、わたくしこんなジャージ姿で、すっぴんで、衆目にお顔をさらしてしまったんですの……? そ、そんなの耐えられませんわー!!!! これ以上は勘弁してくださいませー!!!!」


 シャロームは叫びながら立ち上がると、そのまま一目散に逃走した。


「…………え?」


 セオドアは走り去ったシャロームを呆然と見送る。


「セオドアさん、アレはだめだよ。ノンデリだよ。女性のすっぴんをアップで撮るなんて」


「……うん、良くないです」


 アルマとニュクスはセオドアを責めた。


「……僕が悪いのか……?」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「以上です、副長」


 アルマとニュクス、そしてセオドアはダンジョンから脱出した後急ぎコペルフェリアへと戻り、冒険者協会の会議室でファロスに調査結果を報告していた。


「……なるほど」


 セオドアの言葉にファロスは頷く。そして。


「とりあえず話を聞く限り――セオドア君が悪いですね」


「そこですか!?」


「だよね!」


 アルマが勢いよく立ち上がる。


「ええ。カメラを回す際はきちんと許可を取らないと。ましてや女性相手となればなおさらです」


「でも、そのシャロームは機械人形ですよ、おそらく」


「種族で、差別するのは良くないと思います……」


「いや……そんなつもりは……でも、そうか、僕が悪いのか……?」


 ニュクスの言葉に頭を抱えるセオドア。


「――さて、では冗談はここまでにして」


 ファロスはパン、と手を叩いて雰囲気を切り替える。


「……副長、僕のこと音のなるおもちゃだと思ってません?」


「いえいえそんなことは。……では、本題ですが、まず機械兵士の生産工場は捨て置けません。なるべく早くそのシャロームさんを拘束し、詳細を聞きたいところですが……」


「正直、今の私たちじゃ勝てないと思う……強かったよ」


 アルマの言葉にニュクスも頷く。


「セオドア君から見てどうでしたか?」


「武器が厄介でしたね。追尾機能付きの金属鞭。触れると電流でしばらく行動不能になる。身体能力も高い。『心力』がかなり蓄積できないと、難しいかと」


 少なくとも、前回戦ったエクスと同じくらいの能力はありそうだ。『心力』によるブーストなしでアルマとニュクスが勝利するのは難しいだろう。


「なるほど。であれば……作戦を立てつつ、『心力』を集めるために動画の準備をしましょうか」


「動画でも、『心力』って集められるんですか?」


 先日の戦いは生配信だったが、動画でも可能なのだろうか。


「動画の公開時、それが終了するまでの間はコメントが可能なんですよ。そのタイミングで『Magic Word』を貰えれば『心力』として蓄積が可能です」


「そこで溜めた『心力』を使って、もう一回あの基地を攻略する、ってこと?」

 

「ええ。ただ、そのシャロームさん、油断できない相手のようですので……もう一つ対策を入れておきたいですね。こちらも並行して準備しましょう」


「もう一つの対策?」


「はい。先日機械人形と戦闘した際は、リアルタイムの戦闘であるが故、お二人のピンチやその際の呼びかけが視聴者から『心力』を集めるきっかけになりました。それを考えると――やはり、シャロームさんとの次の戦闘は、生配信をしたいですね」


「……でも、あの魔力の使えないダンジョンだと、難しいんですよね……」


 撮影はできても、そのデータをリアルタイムで配信する手段がない。ネットワークが繋がっていなければ、生配信はできないだろう。


「まぁそこは我々にお任せください。お二人はタレントですから、ご心配なさらずカメラの前で最大限活躍いただければ大丈夫ですよ。役割とはそういうものです」


 ファロスは左手を胸に当て、アルマとニュクスに向けて笑みを浮かべた。

 



 


 


 



 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る